ダダのデザイン<15>玩具の賦・その3
どうにでもなれだよ、そんなこと
俺には、そんなこと、どうなったって構わないさ
どうせ、人間てのは、スキだらけなのさ
スキの方を減らそうなんて、チャンチャラおかしいよ
俺はスキの方を減らそうなんて思いもしないよ
スキじゃないところこそ、放りっぱなしにしているのさ
それで何が悪いもんか
「玩具の賦」のはじまりは
まっこうから対立するものの存在を
スキと、スキじゃないところ、という言い方で
いきなり、読者の前に
突きつけてきます。
1934年という年、
昇平こと大岡昇平は25歳で、
新聞社の社員でした。
詩人中原中也は27歳、
所帯持ちで
長男文也が生まれた年でした。
俺にはおもちゃが必要なんだ
おもちゃで遊ばなくちゃならないんだ
利権と幸福は追究すれば
だいたいは混ざって同じようなことになりそうだがね
だがね、究極では混ざりはしないよ
俺は、そこの、混ざらないところばかりを感じていなけりゃならなくなっているんだ
月給が増えるからといっておもちゃを投げ出したくはないのさ
俺にはおもちゃがよくわかっているんだ
おもちゃのつまらないところも知ってる
おもちゃがつまらなくたって
おもちゃをもてあそべればつまらなくはないんだ
俺にはおもちゃが投げ出せない
こっそりもてあそぶなんてこともできない
つまり、余技じゃないんだ
俺はおもちゃで遊ぶ
お前は月給で遊び給えだ
おもちゃで俺が遊んでいる時
あのおもちゃは私の月給の何分の一の値段だなんて言うのはいいけど
それで俺がおもちゃで遊ぶことに値段までつけたつもりにはなりなさんなよ
そりゃ滑稽だぞ
俺はおもちゃで遊ぶぞ
一生懸命おもちゃで遊ぶぞ
贅沢だなどと言いなさるなよ
俺ほどにお前にもおもちゃが見えたなら
お前もおもちゃで遊ぶに決まっているのだから
文句なぞ言うなよ
それどころか
お前はおもちゃを知っていないから
おもちゃでないことまで分からなくなっている
おもちゃでないことをただ暗記して
それで月給の糧なんぞにしてやがるんだ
だから、もし俺がおもちゃも買えなくなった時には
このコピー屋め!
言わずと知れたことだけど
お前が月給をもらっていることを贅沢だ、と言ってやるからな
行ったり来たりしかできないくせに
行っても行ってもまだ行くしかないおもちゃ遊びに対してさあ
何も文句言えるものなんてないのだぞ
おもちゃが面白くもないくせに
おもちゃを商うことしかできないくせに
おもちゃを面白く感じられる心があるからなりたっているくせに
おもちゃを遊んでいらあ、とは何事だ
おもちゃを遊んでいられることだけが美徳なんだぞ
おもちゃで遊べたら遊んでみてくれよ
お前に遊べるはずはない
お前にはおもちゃがどんなふうに見えるのか
おもちゃとしか見えておらんのだろ
俺には、あのおもちゃもこのおもちゃも、
ひとつひとつのおもちゃがおもちゃで面白いのだぞ
俺はおもちゃ以外のことは考えてみたこともないのだぞ
俺はおもちゃが面白かったのだ
しかしそれかといって、お前にはおもちゃ以外の何か面白いことがあるのかね
ありそうな顔はしとらんがな
あると思ったらそりゃ間違いだ
ニヤッとするのと面白いのとは違うのだ
じゃおもちゃを面白くしてくれなどと言うのだろ
面白くなれば儲かるとか言うんだろう
では、ああ、それでは……
やっぱり面白くならないコピー野郎め!
こんどはこのおもちゃのここのところをこう直してこい!
とっとと行って言ったようにしてこい!
*
玩具の賦
昇平に
どうともなれだ
俺には何がどうでも構はない
どうせスキだらけぢやないか
スキの方を減(へら)さうなんてチャンチャラ可笑(をか)しい
俺はスキの方なぞ減らさうとは思はぬ
スキでない所をいつそ放りつぱなしにしてゐる
それで何がわるからう
俺にはおもちやが要るんだ
おもちやで遊ばなくちやならないんだ
利権と幸福とは大体は混(まざ)る
だが究極では混りはしない
俺は混ざらないとこばつかり感じてゐなけあならなくなつてるんだ
月給が増(ふ)えるからといつておもちやが投げ出したくはないんだ
俺にはおもちやがよく分つてるんだ
おもちやのつまらないとこも
おもちやがつまらなくもそれを弄(もてあそ)べることはつまらなくはないことも
俺にはおもちやが投げ出せないんだ
こつそり弄べもしないんだ
つまり余技ではないんだ
おれはおもちやで遊ぶぞ
おまへは月給で遊び給へだ
おもちやで俺が遊んでゐる時
あのおもちやは俺の月給の何分の一の値段だなぞと云ふはよいが
それでおれがおもちやで遊ぶことの値段まで決まつたつもりでゐるのは
滑稽だぞ
俺はおもちやで遊ぶぞ
一生懸命おもちやで遊ぶぞ
贅沢(ぜいたく)なぞとは云ひめさるなよ
おれ程おまへもおもちやが見えたら
おまへもおもちやで遊ぶに決つてゐるのだから
文句なぞを云ふなよ
それどころか
おまへはおもちやを知つてないから
おもちやでないことも分りはしない
おもちやでないことをただそらんじて
それで月給の種なんぞにしてやがるんだ
それゆゑもしも此(こ)の俺がおもちやも買へなくなった時には
写字器械奴(め)!
云はずと知れたこと乍(なが)ら
おまへが月給を取ることが贅沢だと云つてやるぞ
行つたり来たりしか出来ないくせに
行つても行つてもまだ行かうおもちや遊びに
何とか云へるものはないぞ
おもちやが面白くもないくせに
おもちやを商ふことしか出来ないくせに
おもちやを面白い心があるから成立つてゐるくせに
おもちやを遊んでゐらあとは何事だ
おもちやで遊べることだけが美徳であるぞ
おもちやで遊べたら遊んでみてくれ
おまえに遊べる筈はないのだ
おまへにはおもちやがどんなに見えるか
おもちやとしか見えないだろう
俺にはあのおもちやこのおもちやと、おもちやおもちやで面白いんぞ
おれはおもちや以外のことは考へてみたこともないぞ
おれはおもちやが面白かつたんだ
しかしそれかと云つておまへにはおもちや以外の何か面白いことといふのがあるのか
ありそうな顔はしとらんぞ
あると思ふのはそれや間違ひだ
北叟笑(にやあツ)とするのと面白いのとは違ふんぞ
ではおもちやを面白くしてくれなんぞと云ふんだろう
面白くなれあ儲かるんだといふんでな
では、ああ、それでは
やつぱり面白くはならない写字器械奴(め)!
――こんどは此のおもちやの此処(ここ)ンところをかう改良(なほ)して来い! トットといつて云つたやうにして来い! (1934.2.)
(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより」
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