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2009年10月24日 (土)

ダダのデザイン<20>何無ダダ

昭和9年、1934年という年の中原中也が
ダダに傾斜し、
多くの「道化歌」を作った、というのなら、
それまでの作品に
ダダイズムはなかったのだろうか、
という疑問が
当然、湧いて来ます。

「ダダ手帖(1923年―1924年)」や
「ノート1924(1924年―1928年)」に
収められている詩と
1934年に作られた詩との間に、
ダダイズム作品は作られていないのでしょうか。

大正15年、1926年に、
「朝の歌」を作って以後、
ダダイズムの詩は、
1934年の「道化歌」群が生まれるまで、
中原中也から
消え去ってしまったのでしょうか。

そこで、
「中原中也全詩集」(角川ソフィア文庫)の
目次を眺めてみますと、
すぐさま、
目に付くのは
「早大ノート(1930年―1937年)」の中の
(何無 ダダ)という作品です。

「早大ノート」には、
42篇の草稿・作品が収められていますが、
真ん中あたりに
(ポロリポロリと死んでいく)、
(疲れやつれた美しい顔よ)、
「死別の翌日」と、
弟・恰三の死を悼んだ詩が並び、
これらの詩から10篇ほど進んだところに
(何無 ダダ)はあります。

さらに後ろの方に
1936.10.1の日付をもつ
「酒場にて」(定稿)がありますから、
(何無 ダダ)は、
恰三が死んだ1931年(昭和6年)より後で
1936年よりも前に
作られた詩であることがわかります。

 *
 (何無 ダダ)

何無 ダダ
足駄なく、傘なく
  青春は、降り込められて、

水溜り、泡(あぶく)は
  のがれ、のがれゆく。

人よ、人生は、騒然たる沛雨(はいう)に似てゐる
  線香を、焚いて
       部屋にはゐるべきこと。

色町の女は愛嬌、
 この雨の、中でも挨拶をしてゐる
青い傘

  植木鉢も流れ、
    水盤も浮かみ、
 池の鯉はみな、逃げてゆく。

永遠に、雨の中、町外れ、出前持ちは猪突(ちよとつ)し、
        私は、足駄なく傘なく、
     茲(ここ)、部屋の中に香を焚いて、
 チウインガムも噛みたくはない。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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