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2009年12月 7日 (月)

ダダのデザイン<25>「朝の歌」の破格

「秋の愁嘆」
「むなしさ」
「月」
「春の日の夕暮」
「サーカス」
「春の夜」
の一つひとつを鑑賞し、
「朝の歌」誕生への道筋を辿る
大岡昇平の「朝の歌」(1956)は、

京都時代のダダイスト中原中也が
いかにして
ダダイズムの詩から脱皮していったかを
無駄のない文体の中に
明快克明に論証して
中也評伝の一つの核心を
形作っています。

これら6作品をたどりながら
ダダ色が
クレッシェンドして
次第に消えてゆく様子を

詩人富永太郎の臨終の場にはじまる
長谷川泰子=中原中也=小林秀雄の
「奇妙な三角関係」という
ドラマの進行とともに分析する
スリリングと言ってよい
文章の流れは

大岡昇平の膨大な中也評伝の中でも
核心の部分で
何度読んでも
息が詰まり、手に汗握り
目が開かれる思いを
経験するところのものです。

ここでは、
「朝の歌」を1行1行鑑賞しながら
ダダイズムへ言及しているくだりがあるものの
ドラマの進行のスリリングさの陰になって
忘れられがちな一つのコメントに
目を向けておきましょう。

大岡昇平は
次のように記しています。

 「森並は 風に鳴るかな」と読者の想像は外へ出される。「ひろごりて たひらかの空」の下を、「土手づたひ きえてゆく」という比喩は再びわかりにくいが、恐らくここで我々を焦立ちから救うものは、「土手づたひ」という俗にして稚拙な成句である。
 少年時から我々に馴染深いこういう句を、中原はダダの時代から慣用していたから、お経の文句が坊主の口から出て来るように、すぐ筆に乗って来たに相違ない。
 そして中原はその誇称する「手間」にも拘らずそういう風に出て来た句を、推敲で圧し殺した形跡はない。むしろ自分の独創のしるしとして、そのまま「破格」として詩の中に残すことを、彼の中の隠れた力が命じたに違いないのである。<「朝の歌」(1956)より>

 *
 朝の歌

天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙を 洩れ入る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽の憶(おも)ひ
  手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
  諫(いさ)めする なにものもなし。

樹脂(じゆし)の香に 朝は悩まし
  うしなひし さまざまのゆめ、
森竝は 風に鳴るかな

ひろごりて たひらかの空、
  土手づたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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0011中原中也のダダイズム詩」カテゴリの記事

コメント

 幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました ~

 今でも中原中也の詩を思い出しては読んでしまいます。

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