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2010年1月25日 (月)

1931年の詩篇<27-2>羊の歌 安原喜弘に

P1042335

「早大ノート」には
1930年から1937年までに作られた詩篇が
記録されています。

そのうちの
1931年に制作(推定)された詩篇を読み、
それならば
「早大ノート」以外の
1931年制作の詩篇を読もうということで
「草稿詩篇(1931年―1932年)」の中の
1931年制作の詩篇を読みましたから、

以上読んできた
未発表詩篇が作られたのと同じ年の
公開された詩篇を探してみれば
「山羊の歌」に
「羊の歌」が見つかりました。

何の変哲もない事実のようですが
大岡昇平ら
新編中原中也全集の編集委員が
こぞって、不作の年、と断じ、
年譜にも、
この年から翌7年まで詩作はほとんどなし。
と記しているのとは違って
1931年の制作活動は
普通に「旺盛」であったことが
見えてきます。

安原喜弘に献呈した
「羊の歌」は
一時期、
第一詩集のタイトルの候補でもあり、
「山羊の歌」では
最終章「羊の歌」の
章題となった作品でありますし、

その作品が
この年1931年に作られている事実は
第一詩集「山羊の歌」が
この年に初めて構想され、
その構想の中心に
この歌「羊の歌」があった、
ということも考えられるほど
重要なことです。

逆から見れば
1931年(昭和6年)という年の
中原中也が
「山羊の歌」の構想に
着手した年であることの背景を
これらの詩篇はあぶり出しているものです。

これを味わうことなく
詩人に近づくことは出来ない
ということさえ言えるほど
1931年詩篇は
普通に重要なのです。

 * 
 羊の歌
   安原喜弘に

   Ⅰ 祈り

死の時には私が仰向(あふむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかつたことのために、
罰されて、死は来たるものと思ふゆゑ。
あゝ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!

   Ⅱ

思惑よ、汝 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚のほかを希(ねが)はず。

交際よ、汝陰鬱なる汚濁(をぢよく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!
われはや孤寂に耐へんとす、
わが腕は既に無用の有(もの)に似たり。

汝、疑ひとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるまゝに暫しは動かぬ眼よ、
あゝ、己の外をあまりに信ずる心よ、

それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興ぜず

   Ⅲ

我が生は恐ろしい嵐のやうであつた、
其処此処(そこここ)に時々陽の光も落ちたとはいへ。
                    ボードレール

九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有(いう)であるやうに
またそれは、凭(よ)つかかられるもののやうに
彼女は頸をかしげるのでした
私と話してゐる時に。

私は炬燵(こたつ)にあたつてゐました
彼女は畳に坐つてゐました
冬の日の、珍しくよい天気の午前
私の室(へや)には、陽がいつぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは) 陽に透きました。

私を信頼しきつて、安心しきつて
かの女の心は蜜柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといつて
鹿のやうに縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(ぐわんみ)しました。

   IIII

さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜な夜なは、下宿の室(へや)に独りゐて
思ひなき、思ひを思ふ 単調の
つまし心の連弾よ……

汽車の笛聞こえもくれば
旅おもひ、幼き日をばおもふなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思はず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思ひなき、おもひを思ふわが胸は
閉ざされて、醺(かび)生(は)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬
酷薄の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐へもする
さびしさこそはせつなけれ、みづからは
それともしらず、ことやうに、たまさかに
ながる涙は、人恋ふる涙のそれにもはやあらず……

*醺 「醺」は「酔う」の意。「かび」の意味ならば「?」の誤記か。

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』より)

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