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2010年1月13日 (水)

1931年の詩篇<23>細心

20091103_138

「早大ノート」で
「細心」とある作品は
はじめ
「自尊心」でした。

細心は、さいしんでしょうか
自尊心というよりも
細心としたい詩心が
勝ったわけは分かりません。

意味としては
自尊心プライドと
解すれば
この詩は
いっそう通じるかもしれません

豹(ひょう)にしては鹿、
鹿にしては豹に似てゐた

この女性こそは
長谷川泰子である、と
だれしもが
頷(うなづ)きそうな形容には
詩人の心のうちが
あられもなく
曝(さら)け出されているようですが……

この詩を書いた当時、
前年1930年12月に
泰子が
築地小劇場の演出家、
山川幸世の子を生み、

「中原の求愛と希望は完全に破れる」と
大岡昇平が
冷徹に事態を読み取るように
中也と泰子の関係は
光のないものでした。

それでも
中也はその子の名付け親になり
以後も

「中原はこの子供に、まるで自分の子供に対するような愛情を注いでいた。種痘するのを忘れないように、泰子に注意したり、耳のうしろの小さな傷につける売薬の名前を速達で教えてやったりしている。(大岡昇平「在りし日の歌」)

といったような
関係をつづけます。

茂樹の誕生から
およそ1年
泰子は
小林佐規子の名で
女優活動を続ける中、
グレタ・ガルボ主演の映画を
封切りした映画館「武蔵野館」が募集した
「グレタ・ガルボに似た女性」に当選します

この頃に
書かれたのが
この「細心」
「コキューの憶ひ出」
「マルレネ・ディートリッヒ」の3作品です。

 * 
 細 心

傍若無人な、そなたの美しい振舞ひを、
その手を、まるで男の方を見ない眼を、
わたしがどんなに尊重したかは、

わたしはまるで俯向(うつむ)いてゐて
そなたを一と目も見なかつたけれど、
そなたは豹(ひょう)にしては鹿、
鹿にしては豹に似てゐた。

野卑な男達はそなたを堅い木材と感じ
節度の他に何にも知らぬ男達は、
そなたを護謨(ゴム)と感じてゐた。

されば私は差上げる、
どうせ此の世では報はれないだらうそなたの美のために、
白の手套(てぶくろ)とオリーヴ色のジャケツとを、
私が死んだ時、私の抽出(ひきだ)しからお取り下さい。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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