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2010年1月10日 (日)

1931年の詩篇<20、21>疲れやつれた美しい顔、死別の翌日

20091118_090

「早大ノート」に書きとめられた
弟・恰三の死を追悼した詩は
3作品ありますが
このうち
(疲れやつれた美しい顔よ)

「死別の翌日」
の2篇は、
後に、
昭和6年(1931年)10月9日付け
僚友・安原喜弘宛書簡で
清書されたうえで
送り届けられました。

「悲しき画面」が
フランス語に改題されて
送られたのが
公表であり
そのための清書であったのと同じで、

句読点などに若干の変更があるものの
ほとんど同一内容の清書草稿で
そのうえ
2作とも
タイトルが付けられていますから、
完成稿と理解できますので

これらの作品は
草稿詩篇(1931年―1932年)にも
収録される習いになっています。

(疲れやつれた美しい顔よ)は
タイトルがなかったものを
「疲れやつれた美しい顔」と題され、
感動助詞「よ」が
削除されました。

 *
 疲れやつれた美しい顔

疲れやつれた美しい顔よ、
私はおまへを愛す。
さうあるべきがよかつたかも知れない多くの元気な顔たちの中に、
私は容易におまへを見付ける。

それはもう、疲れしぼみ、
悔とさびしい微笑としか持つてはをらぬけれど、
それは此の世の親しみのかずかずが、
縺(もつ)れ合ひ、香となつて蘢る壺なんだ。

そこに此の世の喜びの話や悲しみの話は、
彼のためには大きすぎる声で語られ、
彼の瞳はうるみ、
語り手は去つてゆく。

彼が残るのは、十分諦めてだ。
だが諦めとは思はないでだ。
その時だ、その壺が花を開く、
その花は、夜の部屋にみる、三色菫(さんしきすみれ)だ。

 *
 死別の翌日

生きのこるものはづうづうしく、
死にゆくものはその清純さを漂はせ
物云いたげな瞳を床(ゆか)にさまよはすだけで、
親を離れ、兄弟を離れ、
最初から独りであつたもののやうに死んでゆく。

さて、今日は良いお天気です。
街の片側は翳(かげ)り、片側は日射しをうけて、あつたかい
けざやかにもわびしい秋の午前です。
空は昨日までの雨に拭はれて、すがすがしく、
それは海の方まで続いてゐることが分ります。

その空をみながら、また街の中をみながら、
歩いてゆく私はもはや此の世のことを考へず、
さりとて死んでいつたもののことも考へてはゐないのです。
みたばかりの死に茫然(ぼうぜん)として、
卑怯にも似た感情を抱いて私は歩いてゐたと告白せねばなりません。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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