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2010年1月 7日 (木)

1931年の詩篇<15>(吹く風を心の友と)

20091111_039

風雨にかき消されそうになる思い出を
「雨と風」「風雨」で歌って
今度、その思い出は
より具体的になり、
詩人15歳の春へと
場面を移します。

げんげの咲く田んぼを
歩いている
あの15歳の春……

春の強い風をむしろ心の友にして
口笛吹いて
いつしか心の中に巣食った
悲しみをまぎらわし

げんげ田を
歩いていた
あの15歳の春は

煙にでもなったかのように
野羊にでなったかのように
パルプでもなったかのように……

飛んで行って
どこか他の遠い別の世界にでも行ってしまって
また花を咲かせているだろうか
今こうして、耳を澄ませば
あの時のげんげの花の色のように
恥じらいながら遠くに聞こえている

あれは
15歳の春からやってくる
遠い音の便りなのだろうか
滲むように
日が暮れても空のどこかに
あの日の昼のままそっくり
あの時が
あの時の物音が移ろっているように思えてくる

それがどこか?どこなのか?
とにかく僕はそこへ行けたらなあ……
そしたら
心の底から懺悔して
許されたという気持ちの中に
再び生きて
僕は努力家になろうと思います

中原中也の15歳は
大正11年(1922年)で
山口中学2年生で、
学年末の大正12年3月には、
落第が決まります。
「文学に耽りて落第す」と
その理由を、後年、
詩人は、「詩的履歴書」に記しました。

 *
(吹く風を心の友と)

吹く風を心の友と
口笛に心まぎらはし
私がげんげ田を歩いてゐた十五の春は
煙のやうに、野羊のやうに、パルプのやうに、

とんで行つて、もう今頃は、
どこか遠い別の世界で花咲いてゐるであらうか
耳を澄ますと
げんげの色のやうにはぢらひながら遠くに聞こえる

あれは、十五の春の遠い音信なのだらうか
滲(にじ)むやうに、日が暮れても空のどこかに
あの日の昼のまゝに
あの時が、あの時の物音が経過しつつあるやうに思はれる

それが何処か?――とにかく僕に其処へゆけたらなあ……
心一杯に懺悔して、
恕(ゆる)されたといふ気持の中に、再び生きて、
僕は努力家にならうと思ふんだ――

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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コメント

はじめてお邪魔します。実は2010年5月18日午後、京都出町付近にてこの詩をふと思い出し、ネットで検索してみるとこのサイトに出会いました。出町は、中原が京都時代過ごした土地です。この詩の対象は15の自分ですが、彼がこの詩を書いたのはいつだったのか、もしかすると京都時代に鴨川の「げんげ」(京都では「れんげ」といいますが)をみて回想したのではないか、と思いました。鴨川土手でいまげんげが満開なもので。(ちなみにこのページわたしのブログにリンクはらせていただきます。)

上記のページ拝見しました。たしかに、どこであってもいいSomewhereの感覚が、中也の詩にはありますね。それが、読者の中の同じ体験を呼び出し、その声が他の体験と共鳴するのが詩的体験なのかと思い至りました。『帰郷』の歌よかったです。

実は、東京の渋谷で生まれ、小学校から大学まで、東京でしたので、中原中也の歩いた(住んだ)土地だというだけで、中野、杉並、新宿、渋谷……は、親しみ以上のものがあります。詩を読んでいて、あ、これは、あそこあたりの情景だな、なんて、一人悦に入ることしばしばなのですが、そのように感じている人がほかにもどこかにいるな、といつも思います。「中也の風景」って、あちこちにあると思います。おそらく、詩人が、それを意図して、作ったのではないかと、思えるほど、普遍性がある風景がたくさん詩の中にもありますよね。

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