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2010年1月 3日 (日)

1931年の詩篇<11>悲しき画面(その2)

20091111_110

「悲しき画面」は
4連で構成されていますが、
第2連の終行は、
騎兵のサーベルと、長靴を感ずる――
と結ばれ、
女性のそばに、
騎兵のサーベルと長靴
の存在を感じている詩人がいます。

この作品に関する
大岡昇平の
やや難解な鑑賞があるのは、
「未完詩篇」を解説した「詩Ⅱ」(1967年)です。

騎兵のサーベルや長靴はフロイディスムの解釈では男性、或いは母への加害者としての父親の象徴とされる。フロイディスムはこの頃から翻訳されていたから、中原は読んでいたかも知れない。しかし通俗解説書にある形象をそのまま使うのは中原の習慣にはなく、恐らく実感を記したものであろう。そしてここにも依然として、小林との三角関係が蔭を落している。

大岡昇平は、
こう記した当時、
「A・O・に」という献辞に
敢えてこだわらず
「Tableau Triste」および
その草稿である「悲しき画面」に
小林秀雄=長谷川泰子=中原中也の三角関係を
読み取りました。

「騎兵のサーベルと長靴」は、
「男根」的存在
というより、
「男性」であるだけでよく、
「男性」が
小林秀雄であってもよく、

あるいは、
「軍人」を意味している
と、解釈しても、
その軍人が
やがて召集される
小林秀雄であってもよく、
A・O・の恋人であってもよかったところ、

第3、4連を含む
詩全体を読んで
中原中也の内面に
いまだ、
三角関係の陰が落ちていたことを
感じ取って、
こちらを取ったのでしょう。

読者よ、
と、読者に向かって呼びかける第3連は、
中原中也の詩の中でも珍しいもので、
一人の男の、
かなしい心の、
過去の画面を、
吐き出さずにはいられなかった
詩人の実感の
ストレートな表れなのでしょうか。

今夜も、
とある酒場の、
野うさぎ色のランプの光の中に
過去を映し出す画面が浮かび、
ランプの光が揺れるのにつれて
ユラユラと揺れています。

 *
 悲しき画面

私の心の、『過去』の画面の、右の端には、
女の額の、大きい額のプロフィルがみえ、
それは、野兎色のラムプの光に仄照らされて、
嘲弄的な、その生(は)え際(ぎは)に隈取られてゐる。

その眼眸(まなざし)は、画面の中には見出せないが、恐らくは
窮屈げに、あでやかな笑(ゑみ)に輝いて、中立地帶に向けられてゐる。
そして、なぜか私は、彼の女の傍(そば)に、
騎兵のサーベルと、長靴を感ずる――

読者よ、これは、その性情の無辜のために、
いためられ、弱くされて、それの個性は、
それの個性の習慣を形づくるに至らなかつた、
一人の男の、かなしい心の、『過去』の画面、……

今宵も、心の、その画面の右の端には、
その額、大きい額のプロフィルがみえ、
野兎色の、ラムプの光に仄照らされて、
ラムプの焔の消長に、消長につれてゆすれてゐる。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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