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2010年2月 4日 (木)

1932-1937年の詩篇<4>(それは一時の気の迷ひ)

_1042346

(それは一時の気の迷ひ)には、
具体的な情景がない
だれだか他人の喋(しゃべ)りと
詩人の呟(つぶや)きがあるだけです

ですから
この詩が
東京で書かれても
故郷山口で書かれても
列車の中で書かれても
おかしいことではありません

詩人は
比較的近い過去に
近辺のだれかが喋った
常套句のような言葉のいくつかを
思い出しています

だれもかれもが
詩人の意に沿わない言葉を
ああだこうだと語り、
詩人は今
その一つひとつを
口真似してみます

いけないいけない、と言われても
まだ理由を聞いていないよ
と、詩人は思いますが
強い反論の言葉は吐きませんし

だってだって、と言われても
むきに
反論してもはじまらないことですから、
――なんとも退屈な人生ではある
と、感じるだけです

それにしてもまあ
いつどこで覚えたのか
こんなに真面目腐った顔をして
可愛げをなくしてしまったこの娘
どこの娘かって
怒ってもはじまらない

生れたからに人は育ち
育つことは死に近づくことでもある
人の世さ、人の命さ

ちっぽけな憧れと
お涙頂戴シーンのてんこ盛りとで、
僕の人生が、
まったくもう、
佃煮(つくだに)状態ですよ。

風景は見えず
ただ残念がる詩人ですが
これを
求婚に失敗した悔しさと
読むかどうかは、
人それぞれです。

 *
(それは一時の気の迷ひ)

それは一時の気の迷ひ、
あきらめなされといふけれど、
迷ひがほんとかほんとが迷ひか、
迷ひこそほんたうであらうとおもふ

いいえ、いけませんいけません、
そんなことはいけません、か?

なんでいけないといふのやら、
理由はまだ誰からも聞かぬ

だつて、あなた、だつて、だつてか、
――なんとも退屈な人生ではある

何時教はり、何処で覚えたとも分らない、
こんな真面目面(づら)を、この小娘はしてゐるよ

かくて人間は生れ、人間は死に、
だつて、あなた、だつて、だつてだ

少しばかりの憧れと、盛り沢山な世話場との
チェッ、結構な佃煮(つくだに)だい。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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