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2010年2月12日 (金)

1932-1937年の詩篇<11>嬰児

20091121_026

しばらく
タイトルなしの詩篇が続きましたが
「嬰児」は
詩人によって
しっかりと記された
詩のタイトルです

はじめ、「赤ン坊」、
次に、「乳児」が、
最終形で、「嬰児」になりました

これを
えいじ、と読むか
みどりご、と読むか
不明です

タイトルを付けた、
ということは
完成形に近いことを示していて、
詩人は
この作品に
一定程度、満足していたことが、
推察されます

中原中也25歳。
この嬰児は
長谷川泰子が生んだ
演出家・山川幸世との子
と、とるのが自然で、
茂樹という名は
詩人が命名したものです

当時、最も親交の深かった
「白痴群」の同人
安原喜弘宛の書簡には
何度も、
茂樹のことが出てきます

「山羊の歌」出版の
進行がはかどらず、
疲労困憊するばかりの詩人が
問答無用に癒される時間が
茂樹との接触で
得られたのでありましょうか

カワイラチイ赤ん坊に
メロメロの詩人ですが
赤ん坊がひたすら嬉しがる様子、
生れてきたことが嬉しいことであり
それだけで十分に嬉しいことなんだ、
と観察する目が光ります

大人たちが
とうに忘れてしまった
生きているだけですでに嬉しい心、
に共感する詩人が
ここにいるのです

*
嬰児

カワイラチイネ、
おまへさんの鼻は、人間の鼻の模型だよ、
ホ、笑つてら、てんでこつちが笑ふと、
いよいよ尤(もっと)もらしく笑ひ出す、おまへは
俺の心を和げてくれるよ、ほんにさ、無精(むしょう)に和げてくれる、

その眼は大人つぽく、
横顔は、なんだか世間を知つてるやうだ、
おまへを俺がどんなに愛してゐるか、
おまへは知らないけれど知つてるやうなもんだ。

ホ、また笑つてる、声さへ立てて笑つてゐる、
そのやうな笑ひを大人達は頓馬(とんま)な笑ひだといふ。
けれども俺は知つてゐる、
生れてきたことは嬉しいことなんだ
ただそれだけで既に十分嬉しいことなんだ

なんにもあせることなく、ただノオノオと、
生きてゐられる者があつたらそいつはほんとに偉いんだ、
俺は知つてゐる、おまへのやうに
生きてゐるだけで既に嬉しい心を私は十分知つてゐる。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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