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2010年2月 8日 (月)

1932-1937年の詩篇<7>(頭を、ボーズにしてやらう)

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(何無 ダダ)の次に書かれたのは、
(頭を、ボーズにしてやらう)で、
その次に書かれたのは
(自然といふものはつまらなくはない)で、

この3作品は
ほとんど同時期に書かれたと
推定される大きな理由が、
「白痴群」の同人だった
安原喜弘に宛てた
昭和7年8月16日付けのはがきにあります

山口市湯田で投函されたはがきは、
簡潔にして要を得た内容で、
この頃の詩人の様子がうかがえて面白いので
全文を読んでみます

拝復
十日附けのお手紙本日落手しました 十二日天草より帰ってきました
ゴッホは本名でも又、千駄木八郎でもよろしくお願ひします
毎日甲子園を聞いてゐます、退屈です。上京したく、茂ぽつぽにもあひたいですが、二十三日までは立てないやうです
昨日今日、夜は盆踊りの太鼓が 小さな天地の空に響いてゐます
髪を刈って、イガグリ頭になりました 従って間もなくイガクリ頭で、出現のことと相なります
                     怱々不備
天草はよかったです、路の向ふから支那の荷車でもゴロゴロ来そうな、一寸そんな所です

(「中原中也の手紙」安原喜弘編著、玉川大学出版部)

「山羊の歌」出版の話が
思うに任せず、
金策もかねて帰郷した詩人は、
かねて計画中の宮崎行きを果たしました
前年冬から交友をはじめた
詩人の高森文夫の実家のある
宮崎県東臼杵を訪ね、
二人で延岡、青島、天草、長崎などの旅に出ました

はがきに書かれているように
天草行きが旅の本命
だったのかもしれません

ゴッホは
「この頃さる出版社から平易な画家伝の執筆依頼されて居つた私は、そのうちの一つ『ゴッホ』を幾分でも彼の生活の足しにもと思い、
出版社に内証で詩人に代筆をさせたのである。」(前掲書)
とある代筆の仕事のことで、
詩人は執筆者名に
ペンネーム「千駄木八郎」を
提案したのです

甲子園は、
甲子園野球のことで
ラジオ放送で
詩人はよく聞いていました
茂ぽつぽは、
長谷川泰子の子・茂樹のことです

内面の整理ができたのでしょうか
この旅を終え、
上京する前に
頭を丸坊主に刈って
出直す気持ちになったのでしょうか

こうして実際にイガクリ頭にしたことを
詩の中でも歌っていますから
この詩を含む3作品の制作時期が
推定できるわけです

詩は
束縛を解き
新しい己(おのれ)に向かい
「この世の外ならどこへでも行ってやる」
Anywhere out of the world 
と、決意表明する詩人の姿を
さまざまな形で歌います

囚人刈りにする
ハーモニカを吹く
植民地向きの気軽さ
荷物を置いてけぼりにする引越し
池の中へ跳び込む
大金を手に入れた車夫が走る
……

どうだい
これで
世の奥様方は拍手喝采
歯が抜けるほど高笑いするだろう

俺はどこまでも行くぞー
真面目腐ってなんていられるかいってんだ

 *
(頭を、ボーズにしてやらう)

頭を、ボーズにしてやらう
囚人刈りにしてやらう

ハモニカを吹かう
殖民地向きの、気軽さになつてやらう

荷物を忘れて、
引き越しをしてやらう

Anywhere out of the world
池の中に跳び込んでやらう

車夫にならう
債券が当つた車夫のやうに走らう

貯金帳を振り廻して、
永遠に走らう

奧さん達が笑ふだらう
歯が拔ける程笑ふだらう

Anywhere out of the world
真面目臭(くさ)つてゐられるかい。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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