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2010年2月14日 (日)

早大ノート以外の1932年詩篇

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「早大ノート」の中の
1932年制作(推定)の詩篇は、
これまで読んできたように

(ナイアガラの上には、月が出て)
(汽笛が鳴つたので)
(七銭でバットを買つて)
(それは一時の気の迷ひ)
(僕達の記憶力は鈍いから)
(何無 ダダ)
(頭を、ボーズにしてやらう)
(自然といふものは、つまらなくはない)
(月の光は音もなし)
(他愛もない僕の歌が)
嬰児
(宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて)
の、12篇ですが、

この他に、
未発表詩篇で
1932年制作の詩篇が
「草稿詩篇(1931年-1932年)」の中に
まとめられてあります。

青木三造
材木
脱毛の秋
幻想(何時かまた郵便屋は来るでせう)
秋になる朝
お会式の夜
蒼ざめし我の心に
(辛いこつた辛いこつた!)
修羅街挽歌 其の二
の9篇ですが、

「草稿詩篇」というのは、
詩人の生存中に発表されなかった作品のうちで、
「早大ノート」や
「ノート1924」などのように
詩人の手で
1冊のノートの中に記録された作品ではなく、

詩人が
友人知人らへ宛てた手紙の中に書いたもので、
後になって発見された作品などが
中原中也研究の積み重ねの中で多く集まり
一つの分類項目となるまでの数になり、
そうして分類された作品を
「新編中原中也全集」の編集委員らが
制作(推定)年別に編集したものです。

「未発表詩篇」は、
こういうことから、
制作(推定)順に整理されて、

ダダ手帖(1923年―1924年)
ノート1924(1924年―1928年)
草稿詩篇(1925年―1928年)
ノート小年時(1928年―1930年)
早大ノート(1930年―1937年)
草稿詩篇(1931年―1932年)
ノート翻訳詩(1933年)
草稿詩篇(1933年―1936年)
療養日誌・千葉寺雑記(1937年)
草稿詩篇(1937年)

という内訳になっています

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