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2010年2月28日 (日)

早大ノート以外の1932年詩篇<5>秋になる朝

いいだもも、といえば
60年安保後、
日本共産党から除名され
以後、新左翼系の活動家として活躍し
冷戦後の現在も
旺盛に著作活動を続ける
思想家ですが、
その思想家の青春時代に
中原中也の詩が愛読されたということに
驚きを覚える人は少なくはないに違いありません

中原中也読者の第二世代などといわれる
いいだももは、
戦後、「中原中也の写真像」
(「向陵時報」昭和21年6月22日発行)を発表し、
それが、
戦後における最も早い時期の
中原中也論といわれるほどに
重要な文献の著作者です

いいだももの居宅・藤沢から
中村光夫、小林秀雄らが住んでいた
鎌倉は指呼の間といってよく
中也死しておよそ8年の
昭和20年春、
いいだももが小林秀雄から借り受けた
中也の遺稿が
戦後長い間帰らずにいた家で
今度は1972年に見つかったというわけですが、
その中の一つが
「秋になる朝」です

これらの遺稿は、
大岡昇平に持ち込まれた結果、
文芸誌「海」(同年6月号)に発表されたという
いわくつきの詩篇です

「青木三造」などと同じく
奇跡的に発見された草稿で
その発見の過程自体が
伝説化している作品の一つです

さて、
「秋になる朝」です

発見された年から40年も前の
1932年制作(推定)の詩です
詩人は25歳――。
この詩が作られた頃、
「山羊の歌」の印刷がはじめられたことが、
「新編中原中也全集」に案内されています
(「第二巻 詩Ⅱ解題篇」)

季節は秋のはじめ
朝5時は、
ついこの間まで4時には明るかったのが
まだ暗い
つるべ落としに暮れる日も
なかなか明けないこの頃の朝も
かなしいこと……

白々と明けはじめた
稲の田にトンボが飛んできている
お百姓は
何事もなかったかのように
朝露で湿った草鞋で
田を踏みしめている

東京にも
稲穂にトンボ、
百姓に草鞋……の風景は見られたのでしょう

昨晩飲み過ぎて
僕たちはまだ眠いのですが
眠くてフラフラなのですが
それなのに
冷たい風よ
お前は瞳をまばたいて

あの頃の冷たい風は
とうもろこしの葉や
お前の指と指の間の汗の味を思い出させる
やがてまもなく
工場の煙突から、朝の空に、ばらの形の煙をあげる

恋人よ
あの頃の朝の冷たい風は
とうもろこしの葉や
お前の指と指の間の汗の匂いを思い出させる

そうして僕は思う
希望は去った……
忍従の時だ
忍従だ
忍従だ、と
僕は思う

今朝の冷たい風が
いつしか回想の風を呼びますが
風を呼び戻せても
過去は戻ってきません
 
 
*
 秋になる朝

たつたこの間まで、四時には明るくなつたのが
五時になつてもまだ暗い、秋来る頃の
あの頃のひきあけ方のかなしさよ。

ほのしらむ、稲穂にとんぼとびかよひ
何事もなかつたかのやう百姓は
朝露に湿つた草鞋(わらじ)踏みしめて。

僕達はまだ睡い、睡気で頭がフラフラだ、それなのに
涼風は、おまへの瞳をまばたかせ、あの頃の涼風は
たうもろこしの葉やおまへの指股に浮かぶ汗の味がする
やがて工場の煙突は、朝空に、ばらの煙をあげるのだ。

恋人よ、あの頃の朝の涼風は、
たうもろこしの葉やおまへの指股に浮かぶ汗の匂ひがする
さうして僕は思ふのだ、希望は去つた、……忍従が残る。
忍従が残る、忍従が残ると。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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