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2010年3月11日 (木)

早大ノート1930年の詩篇<3>カフヱーにて

「干物」
「いちぢくの葉」
および
「カフヱーにて」の3篇は、
同じ頃に制作されたことが推定されていて
ともに秋の制作であるということは、
昭和5年、1930年の秋制作の作品と
限定されることになります。

「干物」の
人の世の、もの事すべて患(わづ)らわし

「いちぢくの葉」の
――わたくしは、がっかりとして

ほごすすべなく、いらだつて、

といった
マイナーな感情が、
抑制されて
控えめに訴えられるのに比べて、

「カフェーにて」では、
第3連、
わたくしはしょんぼりとして
自然よりよいものは、さらにもないと、
悟りすましてひえびえと

までは同じなのですが、
最終連にきて
どっとあふれ出るものがあります

ギターの曲を聴いていると
見も世もあらぬ思いがしてきて
酒をすすり飲めば、
秋風が沁み
いやというほど淋しさがつのるのでした


淋しさは
名詞になって表現されるのです

屋内に入って
人語飛び交う騒がしさの中でこそ
棒のような
淋しさに
詩人は襲われたのでした

中也23歳の秋です

 *
 カフヱーにて

醉客の、さわがしさのなか、
ギタアルのレコード鳴つて、
今晩も、わたしはここで、
ちびちびと、飮み更かします

人々は、挨拶交はし、
杯の、やりとりをして、
秋寄する、この宵をしも、
これはまあ、きらびやかなことです

わたくしは、しよんぼりとして、
自然よりよいものは、さらにもないと、
悟りすましてひえびえと

ギタアルきいて、身も世もあらぬ思ひして
酒啜ります、その酒に、秋風沁みて
それはもう結構なさびしさでございました

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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