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2010年3月11日 (木)

早大ノート1930年の詩篇<4>(休みなされ)

「小さくなり、丸味のある」文字で
「早大ノート」第9ページに記されたのが
(休みなされ)で、
「カフヱーにて」が1930年秋の制作であるなら
それよりも後で
1931年に入っての制作の可能性もあり、
1930年秋以降1931年9月中旬の間と
推定制作年の幅が大きくとられている作品です

詩人の置かれた状況を特定できず
約1年のインターバルの中において
この詩を
読まなければならない
ということですが、
詩のみならず
多くの創作物には
状況を想像するしかない作品というのは
いくらでもあって、
その想像がまた楽しいものであったり
作品そのものに状況が記されていたりして
それを糸口にして読めばよいのですから
読めない詩というものは
存在しません

(休みなされ)は
無題の詩ですから
完成品とはいえませんが、
だれかに向って
「どうこうしたほうがいいのでは?」と
その相手の気持をうかがいながら
提言している詩です

お休みになったらどうです?
台所や便所の掃除が一番大事なことです、
などという教訓を
この際、
忘れてしまったらどうです?

お休みになったらどうです?
ビンツケ油で作っている髪ならば
いっそグシャグシャにしてしまって
すっきりすっぽんぽんにしてしまったらどうです

魂の訴えも封殺してしまって
せかせか働いてばかりいるから
やがては姑根性をふるい出すのです

お休みになったらどうです?
細かいことにくよくよしていないで
大声で歌うんですよ

説教好きのだれか
わずらわしそうな衣装を着ただれか
働き者のしゅうとめみたいなだれか

モデルになった
特定のだれかがいたのかは
わかりませんが
そのモデルを探さなくても
詩を読むことはできます

詩人は
歌わないだれかを
見たのです

 *
 (休みなされ)

休みなされ、
台所や便所の掃除こそ大事だなぞといふ教訓を、
お忘れなされ。

休みなされ、
ビンツケでもててゐるやうな髮ならば、
グサグサにしておしまひなされ

魂の嘆きを窒息させて、
せかせかと働きなさるからこそ、
やんがて姑根性をも発揮なさるのだ。

休みなされ、
放胆になりなされ、
大きい声して歌ひなされ。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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