草稿詩篇1933―1936<7> (宵の銀座は花束捧げ)
三原山の自殺者を歌った
1933年の2月から4月末に比べて
詩人を取り巻く状況に
変化があったのか
なかったのか、
(宵の銀座は花束捧げ)は
6月末の制作と推定されていますが
リズムを感じさせる作品になりました
リズムというより
道化調を
感じるべきなのかもしれません
2009年5月15日付けで
すでに読み
その時は、
中也26歳。
元気な詩人です。
花の銀座を歌っています。
珍しく、
屈託の一つもなく
イロニーもなく
東京市民であることの誇りを
一途(いちず)に歌う詩人がいます。
と、記しましたが、
今、少し異なる見え方がします
ラアラアラアと
へし曲がってしまった
シャツの襟を直そうともせずに
繁華街をがなり歩く
サラリーマンの一行
……
「都会の夏の夜」の風景の
サラリーマンこそいないけれど
銀座の街を行く人々に
何か誇りの、何かある
なんともいえない嬉しさの秘密……
なんだかわからないけど
生きている喜びのようなもの
東京祭りで
うかれ
はしゃぎ
踊り
歌う
そして
やがては
ものみな沈黙する
おもしろうて
やがて
かなしき
ひとのいのちの
おまつりに
花束捧げて
東京祭り
*
(宵の銀座は花束捧げ)
宵の銀座は花束捧げ、
舞ふて踊つて踊つて舞ふて、
我等東京市民の上に、
今日は嬉しい東京祭り
今宵銀座のこの人混みを
わけ往く心と心と心
我等東京住まひの身には、
何か誇りの、何かある。
心一つに、心と心
寄つて離れて離れて寄つて、
今宵銀座のこのどよもしの
ネオンライトもさんざめく
ネオンライトもさざめき笑へば、
人のぞめきもひときはつのる
宵の銀座は花束捧げ、
今日は嬉しい東京祭り
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
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