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2010年4月27日 (火)

草稿詩篇1933―1936<9>怨恨

009

「怨恨」は
「虫の声」と同日の日付(1933.9.8)をもつ作品ですが、

僕は奴の欺瞞に腹を立ててゐる
とはじまる措辞(そじ)には、
珍しく、

イロニーも
ポエジーも
抑制も
韜晦(とうかい)も
機知も
ユーモアも
……

何にもありません
単調です

中に登場する「奴」については、
角川の新全集編集が
「誰であるかは特定できない」としながら、
大岡昇平の
「小林秀雄あるいは河上徹太郎への怨恨」
という解釈を紹介していますから、
そうなのか、と思う人は
少なくないはずです

しかし
果たして
そうなのでしょうか

1933年の、
この時期に、
なぜ、また、
小林秀雄または河上徹太郎への怨恨が
吐露(とろ)されなければならなかったのか
疑問が残ります

ここのところは
いつか
大岡全集にあたって調べるつもりですが
「奴」の詮索に
それほどの意味があるとは思えませんから
やはり
この詩の味わい、読みに
ここでは集中しますと……

こういうヤツって
よくみかけますよね

人間ですから
悪いヤツって存在しますよ

こういう悪と
闘うのが詩人でもありますから
この詩には
技(わざ)がなさ過ぎて
珍しく
失敗作ですが……

ふと、
それにしても私は憎む、
対外意識にだけ生きる人々を。
――パラドクサルな人生よ。
(修羅街輓歌)

要するに人を相手の思惑に
明けくれすぐす、世の人々よ、
(憔悴)

と歌った詩人が
ここにきて
この日この時
この詩を作っている時
余裕を無くしている!
と考えてみましたが
どうでしょう?

 *
 怨恨

僕は奴の欺瞞に腹を立ててゐる
奴の馬鹿を奴より一層馬鹿者の前に匿(かく)すために、
奴が陰に日向に僕を抑へてゐるのは恕(ゆる)せぬ。
そのために僕の全生活は乏しくなつてゐる。

嘗(かつ)て僕は奴をかばつてさへゐた。
奴はただ奴の老婆心の中で、勝手に僕の正直を怖れることから、
僕の生活を抑え、僕にかくれて愛相をふりまき、
御都合なことをしてやがる

近頃では世間も奴にすつかり瞞(だま)され、
奴を見上げるそのひまに、
奴は同類を子飼ひ育てる。

その同類の悪口を、奴一人の時に僕がいふと、
奴はどうだ、僕に従つて其奴(そやつ)等の悪口をいふ。
なんといやらしい奴だらう、奴を僕は恕してはおけぬ。
                  (一九三三・八・九)

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)也全詩集」より)

 

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