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2010年4月29日 (木)

草稿詩篇1933―1936<11>蝉

「蝉」は
「怠惰」を歌って4日後の
1933年8月14日の制作。

蝉が鳴いているのは
「怠惰」と変らないが
第2連の僕と彼の会話は
死んだ弟のことで
1915年に死んだ亜郎か
2年前に死んだ恰三か

第3連の水無河原は
郷里山口の吉敷川(よしきがわ)のことで
「在りし日の歌」の「一つのメルヘン」の
舞台として有名です

同じ連の最終行
チラチラ夕陽も射してゐるだろ……
は、「一つのメルヘン」の
「それに陽は、さらさらと
さらさらと射してゐるのでありました」を
連想させます

蝉が鳴く遅い午後
うつらうつら
僕は
松林の向こうに空が透けて見えるところで
まどろみに入り
夢を見ます

弟が出てきて
そうじゃないそうじゃない、と言うので
僕は、
違うよちがうよ、と応じます

詩人は
はっとして目覚めて
夢と知り
墓場のことなどに
思いを馳せるのです

あの水無川の河原のそばの
先祖代々の墓は
どうなっているだろう
あそこでも蝉は鳴いているだろう
チラチラと夕陽が射しているだろう

その思いをさえぎるかのように
蝉はいよいよかしましく鳴き
蝉の声以外は何にもない世界
蝉時雨(せみしぐれ)です

僕は
そうして蝉の声の中で
僕の怠惰と向かい合います

怠惰か
怠惰か
随分と親しくしてきたよな!
怠惰よ

僕は
怠惰ゆえに
僕を何とも思わない
思わないぞ

ああ
それにしても
蝉が鳴いている
蝉の声のほか何にもない

 *
 蝉

蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかになんにもない!
うつらうつらと僕はする
……風もある……
松林を透いて空が見える
うつらうつらと僕はする。

『いいや、さうぢやない、さうぢやない!』と彼が云ふ
『ちがつてゐるよ』と僕がいふ
『いいや、いいや!』と彼が云ふ
「ちがつてゐるよ』と僕が云ふ
と、目が覚める、と、彼はもうとつくに死んだ奴なんだ
それから彼の永眠してゐる、墓場のことなぞ目に浮ぶ……

それは中国のとある田舎の、水無河原(みづなしがはら)といふ
雨の日のほか水のない
伝説付の川のほとり、
藪蔭の砂土帯の小さな墓場、
――そこにも蝉は鳴いてゐるだろ
チラチラ夕陽も射してゐるだろ……

蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!
僕の怠惰? 僕は『怠惰』か?
僕は僕を何とも思はぬ!
蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!
       (一九三三・八・一四)

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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