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2010年4月 7日 (水)

早大ノート最後の詩篇・こぞの雪今いづこ<2>

詩人は
前年11月に、
寵愛する長男文也を突然亡くして後、
精神の平衡を失い
昭和12年1月9日から2月15日まで
千葉県にあった
中村古峡療養所に入院します

退院してから
住み着いたのが鎌倉でしたが、
「こぞの雪今いづこ」を書いたのは
4月15日から5月14日の間でした
療養の疲れから回復し
第2詩集の編集を再開します

この頃
空気銃を買い求め
鎌倉の山を散策しました
キジなどを
撃つつもりだったのでしょうか

「(略)八幡様の境内で雀を二羽撃つ、もう1羽、たしかに的(あた)つたし、みてゐた者も的つたといふのだけれど、どこに落ちたか分らず。(略)」

と、5月16日の日記に記しています

5月25日には、

「空気銃をもて大塔宮の方にゆく。(略)」とあり、

山ばかりでなく、
街場にも空気銃を持ち歩いた詩人の姿があります

この詩に出てくるピストルは、
この空気銃を「詩化」したものです

空気銃を撃つ詩人は
魂を鎮めることができたのでしょうか
……
……
……
……

詩人から
愛児を失った悲しみが
消え去ることはありませんでした

死んでしまった、あの子を思うと、今頃は、
何を求めて、歩いているだろうか?……
薄曇りの、河原を歩いているだろうか?
何をも求めずに、歌いながら
ひとりで歩いているだろうか……

それならば、そのようで、あればよいのだが、
その後、どのようになっているだろうか?
つぶらな瞳で
空を仰ぎ見ていることかもしれないが、
さて、そうしているだけだろうか?

もし、それだけのことならば
たとえそうしているだけでも、
よろこびというものが
十分にあるともいえるけど、
今生きている身には
可哀相に思えてくるよ

いずれにしても分からないことで
分からないこととは知りながら
分かりたいと思うのだ
わが子よ、今、どうなっているか
わが子よ、今、何をしているか

思いは届かないこととは知りつつも
思いは届かないことだと
いまさら、思い知ることになる
せめてわが子よあの世から
私のこの身にピストルを撃ってくれれば。

この上もないことだと思うのだけれど
そのようにピストルを撃とうとしても
石っころばかりの、河原なのだろう
カラスの声くらいは聞こえるだろうか
薄曇の、その空には

景色を眺めて歩くだけだ
ほんとうにそんなことだけだから
命とは、何だろう?
何しても何にも分からないことだから
なおさら分かりたいと、思うよ

 *
 こぞの雪今いづこ

みまかりし、吾子(あこ)はもけだし、今頃は
何をか求め、歩(あり)くらん?……
薄曇りせる、磧(かわら)をか?
何をも求(と)めず、歌うたひ
たゞひとりして、歩(あり)くらん

何をも求(と)めず、生きし故、
何をも求(と)めず、暮らすらん。
何さへ求(と)めず、歌うたひ、
さびしとさへも、云ひ出でず、
たゞひとりして、歩(あり)くらん。

さば、かくてこそ、あらばあれ、
さてそののちは、如何(いか)ならん?
たゞつぶらなる、瞳して、
空を仰いで、ありもすれ、
さてそれだけにて、あるらんか?

もし、それだけの、ことならば、
よしそのうちに、欣怡(よろこび)の、
十分そなはるものとしても、
なほ今生なるわが身には、
いたましこととおもはるなり。

なにせよ分らぬことなれば
分らぬこととは知りながら
分りたいとは思ふなり
吾子はも如何に、なせるらん。
吾子はも何を、なせるらん。

想ひもとどかぬことなれば
想ひとゞかぬことかなと、
いまさらわれは、思ふなり。
せめて吾子はもあの世より
この身にピストル撃ちもせば

こよなきことにぞ思ふなるを
さるをピストル撃たばこそ
石ばかりなる、磧なれ、
鴉声(あせい)くらゐは聞けもすれ、
薄曇りせる、かの空を

眺めてありく ばかりなれ、
げにさばかりのことなれば、
げに命とや、何事ぞ?
なにせよ何も分らねば、
分りたいとは、思ふなり。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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