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2010年5月 3日 (月)

草稿詩篇1933―1936<20>朝(かゞやかしい朝よ)

「朝」と題する詩は、
いくつかありますが、
「朝(かゞやかしい朝よ)」と
「朝(雀が鳴いている)」の2篇は、
1933年11月10日付け
安原喜弘宛の書簡の内容などから、
同年年11月初旬制作と
推定されているものです

中原中也は、
1927年(昭和2年)12月15日を最後に
1934年5月になるまで
日記を書きませんでした

そのため
日記の書かれなかった期間の活動は
友人知人宛の書簡・葉書を通じてしか
知ることができないことが多く
安原喜弘宛の書簡・葉書は
極めて貴重です

1933年11月10日付け
安原喜弘宛の書簡を
読んでみましょう

表 東京市目黒区下目黒四丁目八四二 安原喜弘様
裏 十日 山口市湯田 中原中也

 御無沙汰しました お変わりありませんか
 紀元の十二月号まだ印刷屋にも廻つてゐない由云って来ましたが 出せるものならもう二三号は出したいものと思ひます  僕女房もらうことにしましたので 何かと雑用があり 来ていただくことが出来ません 上京は来月半ばになるだらうと思ひます ランボウの書簡とコルビ-エールの詩を少しと訳しました 自分の詩も三つ四つ書きましたが、書直して送る勇気が出る程のものではありません お天気の好い日は、野道を歩きますが、まぶしくて、眼の力が弱つたことを感じます
(以下略)

略した部分には、
コルビエールの
「巴里」という詩(ソネット)の訳詩14行や
「えゝ?」という詩の訳が書かれ
詩人のコメントが付けられています

この書簡の中に
「自分の詩も三つ四つ書きましたが、書直して送る勇気が出る程のものではありません」
とある詩が、
「朝(かゞやかしい朝よ)」と
「朝(雀が鳴いている)」の2篇と推定されています

この2篇の詩の制作日が
1933年11月初旬とされるのは
安原宛のこの書簡と
この2篇の詩篇が書かれた
原稿用紙、筆記具、インク、筆跡が
同じものであることから
書かれた日も同じころであるという
推定ができるからなのです

この2篇ともに
「朝の歌」との「同趣向」を
角川新全集の編集は指摘していますが
1926年の「朝の歌」制作から
すで7年以上が経過していて
「同趣向」を指摘する意味は
よくわかりません

似ているところは多くありますが
まったく別の作品として
読むことができます

 *
 朝

かゞやかしい朝よ、
紫の、物々の影よ、
つめたい、朝の空気よ、
灰色の、甍(いらか)よ、
水色の、空よ、
風よ!

なにか思ひ出せない……
大切な、こころのものよ、
底の方でか、遥か上方でか、
今も鳴る、失(な)くした笛よ、
その笛、短くはなる、
短く!

風よ!
水色の、空よ、
灰色の、甍よ、
つめたい、朝の空気よ、
かゞやかしい朝
紫の、物々物の影よ……

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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