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2010年5月17日 (月)

草稿詩篇1933―1936<28>秋岸清凉居士

「秋岸清凉居士」は
2009年3月23日付で
「青山二郎への献呈詩/月下の告白」と題して
すでに案内し、
以後も、「月下の告白」に関する一連の
コメントの中などで
幾度かふれました

「草稿詩篇(1931年―1936年)」の配置順に
時間軸に沿って一つひとつを読んできて
また、ここに辿りついたわけですが

「魂の動乱時代」と
親友・安原喜弘が名づけた
危機の時代を脱出し、
結婚して、第一子が生誕し、
詩集「山羊の歌」を刊行し
詩壇からの評価もようやく定まってきたこの頃に
1931年9月に死んだ
弟・恰三を悼む詩をはじめ
「在りし日」を歌う詩篇が
数多く制作されたということは
いまだに一つの謎です

 *
 秋岸清凉居士

消えていつたのは、
あれはあやめの花ぢやろか?
いいえいいえ、消えていつたは、
あれはなんとかいふ花の紫の莟(つぼ)みであつたぢやろ
冬の来る夜に、省線の
遠音とともに消えていつたは
あれはなんとかいふ花の紫の莟みであつたぢやろ

     ※

とある侘びしい踏切のほとり
草は生え、薄(すすき)は伸びて
その中に、
焼木杭(やけぼつくひ)がありました

その木杭に、その木杭にですね、
月は光を灑(そそ)ぎました

木杭は、胡麻塩頭の塩辛声(しよつかれごえ)の、
武家の末裔(はて)でもありませうか?
それとも汚ないソフトかぶった
老ルンペンででもありませうか

風は繁みをさやがせもせず、
冥府(あのよ)の温風(ぬるかぜ)さながらに
繁みを前を素通りしました。

繁みを葉ッパの一枚々々
伺ふやうな目付して、
こつそり私を瞶(みつ)めてゐました

月は半月(はんかけ) 鋭く光り
でも何時もより
可なり低きにあるやうでした

蟲(むし)は草葉の下で鳴き、
草葉くぐつて私に聞こえ、
それから月へと昇るのでした

ほのぼのと、煙草吹かして懐で(ふところ)で、
手を暖(あつた)めてまるでもう
此処(ここ)が自分の家(うち)のやう
すつかりと落付きはらひ路の上(へ)に
ヒラヒラと舞ふ小妖女(フエアリー)に
だまされもせず小妖女(フエアリー)を、
見て見ぬ振りでゐましたが
やがてして、ガックリとばかり
口開(あ)いて後ろに倒れた
頸(うなじ) きれいなその男
秋岸清凉居士といひ――僕の弟、
月の夜とても闇夜ぢやとても
今は此の世に亡い男

今夜侘びしい踏切のほとり
腑抜(ふぬけ)さながら彳(たつ)てるは
月下の僕か弟か
おほかた僕には違ひないけど
死んで行つたは、
――あれはあやめの花ぢやろか
いいえいいえ消えて行つたは、
あれはなんといふ花の紫の莟ぢやろ
冬の来る夜に、省線の
遠音とともに消えていつたは
あれはなんとかいふ花の紫の莟か知れず
あれは果されなかつた憧憬に窒息しをつた弟の
弟の魂かも知れず
はた君が果されぬ憧憬であるかも知れず
草々も虫も焼木杭も月もレ-ルも、
いつの日か手の掌(ひら)で揉んだ紫の朝顔の花の様に
揉み合はされた悉皆(しつかい)くちやくちやにならうやもはかられず
今し月下に憩(やす)らへる秋岸清凉居士ばかり
歴然として一基の墓石
石の稜(りよう)劃然くわくぜん)として
世紀も眠る此の夜さ一と夜
――虫が鳴くとははて面妖(めんよう)な
エヂプト遺蹟もかくまでならずと
首を捻(ひね)つてみたが何
ブラリブラリと歩き出したが
どつちにしたつておんなしことでい
さてあらたまつて申上まするが
今は三年の昔の秋まで在世
その秋死んだ弟が私の弟で
今ぢや秋岸清凉居士と申しやす、ヘイ。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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