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2010年5月27日 (木)

草稿詩篇1933―1936<35>「星とピエロ」補

「星とピエロ」は
第2連末尾に
(一九三四・一二・一六)と日付が記されていて
この日が制作日と考えられています
第3、第4連は、
はじめ第1連と第2連で完結していた詩に
続けて書き加えられたものと推定されています

1934年12月16日に
詩人は山口にいます
自選詩集「山羊の歌」を刊行し
初めて生まれた子との
対面も果たしました

この作品については
2009年9月4日付け「ダダのデザイン<12>」で
「ピチベの哲学」を参照しての
コメントをすでに記し
その中で二つの作品の
相似性について述べました

宮沢賢治の影響が指摘される作品で
たとえば、詩の冒頭
「何、あれはな、空に吊した銀紙ぢやよ」は
「銀河鉄道の夜」の第1章「午後の授業」で
銀河について先生が生徒たちに
質問する場面が念頭にあったもの
と考えられています
(新編全集第2巻・解題篇)

「星とピエロ」と同じ日に
「誘蛾燈詠歌」が制作されていますが
これも道化調の歌といわれ
「ピチベの哲学」にはじまる
1934年制作の
道化調詩篇群を構成しています

再び
この道化調詩篇群を
列挙しておきます

「ピチベの哲学」
「狂気の手紙」
「骨」
「道化の臨終(Etude Dadaistique)」
「お道化うた」
「秋岸清凉居士」
「月下の告白」
「星とピエロ」
「誘蛾燈詠歌」
(なんにも書かなかつたら)

 

 *
 星とピエロ

何、あれはな、空に吊るした銀紙ぢやよ
かう、ボール紙を剪(き)つて、それに銀紙を張る、
それを綱(あみ)か何かで、空に吊るし上げる、
するとそれが夜になつて、空の奥であのやうに
光るのぢや。分つたか、さもなけれあ空にあんあものはないのぢや

それあ学者共は、地球のほかにも地球があるなぞといふが
そんなことはみんなウソぢや、銀河系なぞといふのもあれは
女(をなご)共の帯に銀紙を擦(す)り付けたものに過ぎないのぢや
ぞろぞろと、だらしもない、遠くの方ぢやからええやうなものの
ぢやによつて、俺(わし)なざあ、遠くの方はてんきりみんぢやて
              (一九三四・一二・一六)

見ればこそ腹も立つ、腹が立てば怒りたうなるわい
それを怒らいでジツと我慢してをれば、神秘だのとも云ひたくなる
もともと神秘だのと云ふ連中(やつ)は、例の八ッ当りも出来ぬ弱虫ぢやで
誰怒るすぢもないとて、あんまり始末がよすぎる程の輩(やから)どもが
あんなこと発明をしよつたのぢやわい、分かつたらう

分からなければまだ教へてくれる、空の星が銀紙ぢやないといふても
銀でないものが銀のやうに光りはせぬ、青光りがするつてか
それや青光りもするぢやろう、銀紙ぢやから喃(なう)
向きによつては青光りすることもあるぢや、いや遠いつてか
遠いには正に遠いいが、それや吊し上げる時綱を途方もなう長うしたからの
ことぢや

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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