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2010年6月 6日 (日)

草稿詩篇1933―1936<37-2>(なんにも書かなかつたら)

(なんにも書かなかつたら)は
第2節を取り出し
「薔薇」と題名をつけて
独立した詩として
僚友・安原喜弘へ贈られました

安原は
同人誌「白痴群」以来の親友で
同誌解散以後も
親交を継続した
数少ない仲間の一人です

「山羊の歌」の出版交渉にあたるなど
詩人を
陰に陽に支え
二人の間に交わされた書簡・葉書は
合計100篇が残り
戦後、1979年に
「中原中也の手紙」(玉川大学出版部)にまとめられましたが
(先ごろ講談社文芸文庫に入り、新編集・再刊されました)
「手紙八十三」と
安原の手によって整理番号のつけられた
昭和9年12月30日付けの封書に
「薔薇」は同封されました

安原は
この封書にコメントして

 この手紙と一緒に久々で一篇の詩が送られた。それは『薔薇』と題する美
しい小品で、珍らしく毛筆で和半紙に描かれている。これも彼によつて発表
されなかつたものの一つである。これは「なんにも書かなかつたら」ではじまる
未発表詩の一部(第二節)であるようだ

と記しています
(玉川大学出版部発行の同書より、原文まま)

何をくよくよ、
川端やなぎ、だ……

土手の柳を、
見て暮らせ、よだ

という
東雲節(しののめぶし)の一節で終わった
第1節に続いて書かれた
第2節に
「薔薇」のタイトルはありませんが
どこか
都々逸調とか
里謡調、歌謡調が
持続しているようです

だ……
よだ
という、道化調が

第2節第1連(「薔薇」)の

開いて、ゐるのは、
あれは、花かよ?
何の、花か、よ?
薔薇(ばら)の、花ぢやろ。

へと続いています

薔薇に
詩人は
何を託したのでしょうか
それはやがて、
第3節の読みにかかわって
「鏡」に
どのようなメタファーが込められているのか
そして
全3節のこの作品全体の
読みの問題に発展します

(なんにも書かなかつたら)は
題名のない詩ですが
第一詩集「山羊の歌」刊行への思いが
歌われているものだとすれば
ここにも一つの詩論や詩人論を
読むことは容易です

しんなり、開いて、
こちらを、むいてる。
蜂だとて、ゐぬ、
小暗い、小庭に。

もの言わず
小暗き庭に
ひっそりと咲くバラの花とは
詩そのもののことであるような
だけれども
安原喜弘という詩人への
問いかけであり
オマージュでもあるような
多様な
読みが出来る詩ではあります

第3節の「鏡」は
澄んだ心
まっしろ
底なし
おどかし
うつす
浄め
和ます
よいもの

と、その属性を
列挙した揚句に

机の上に
一つでもあれば
心はなごむものであるのに
ある日
それにつばを吐いて
さっぱりして
すまない気持ちになった
でも
悪気はないんだ
許せよ
ちょっといたずらしただけさ

と、「詩」への思い
詩を書く姿勢を
やはりここでも
道化の口ぶりで
語っているように見えてきて
深みを感じさせてくれるのです

 *
 (なんにも書かなかつたら)

なんにも書かなかつたら
みんな書いたことになつた

覚悟を定めてみれば、
此の世は平明なものだつた

夕陽に向つて、
野原に立つてゐた。

まぶしくなると、
また歩み出した。

何をくよくよ、
川端やなぎ、だ……

土手の柳を、
見て暮らせ、よだ
       (一九三四・一二・二九)

開いて、ゐるのは、
あれは、花かよ?
何の、花か、よ?
薔薇(ばら)の、花ぢやろ。

しんなり、開いて、
こちらを、むいてる。
蜂だとて、ゐぬ、
小暗い、小庭に。

あゝ、さば、薔薇(さうび)よ、
物を、云つてよ、
物をし、云へば、
答へよう、もの。

答へたらさて、
もつと、開(さ)かうか?
答へても、なほ、
ジツト、そのまゝ?

鏡の、やうな、澄んだ、心で、
私も、ありたい、ものです、な。

 鏡の、やうな、澄んだ、心で、
 私も、ありたい、ものです、な。

鏡は、まつしろ、斜(はす)から、見ると、
鏡は、底なし、まむきに、見ると。

 鏡は、ましろで、私をおどかし、
 鏡、底なく、私を、うつす。

私を、おどかし、私を、浄め、
私を、うつして、私を、和ます。

鏡、よいもの、机の、上に、
一つし、あれば、心、和ます。

あゝわれ、一と日、鏡に、向ひ、
唾(つば)、吐いたれや、さつぱり、したよ。

 唾、吐いたれあ、さつぱり、したよ、
 何か、すまない、気持も、したが。

鏡、許せよ、悪気は、ないぞ、
ちよいと、いたづら、してみたサァ。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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