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2010年6月23日 (水)

草稿詩篇1933―1936<46>十二月の幻想

909_2

「十二月の幻想」は
「シワスノゲンソー」と発音します。
表記は、「十二月」に「しはす」とルビを振っていますが
「師走」としたくなかったのは
「師走」では
「師が走る」「先生が走る」のイメージが強すぎるから
そうしたくなかったのでしょう、きっと。

未発表詩篇としては、
郷里・山口で約3か月を過ごし
東京に戻ってはじめての作品ですが
1935年も晩春の4月22日に
「師走」を歌ったのは
どのようないきさつかわかっていません

同じ日に
「聞こえぬ悲鳴」(「改造」昭和12年春季特大号)が
制作されていますから
状況は
似ていたのかもしれません

「聞こえぬ悲鳴」は

悲しい 夜更は 腐つた花弁(はなびら)——
   噛んでも 噛んでも 歯跡〈はあと〉もつかぬ
   それで いつまで 噛んではゐたら
   しらじらじらと 夜は明けた

という最終連で終わる詩です

きっかけはわかりませんが
4月のある夜
詩人は
「噛んでも噛んでも歯跡がつかない」
悲しみに襲われて
沈んでいるうちに
朝になったことを歌っています

「十二月の幻想」は
「聞こえぬ悲鳴」の前に書かれたものでしょうか
シークエンスは夜明けの前です
眠れぬ夜のさ中にある詩人は
街中から聞こえてきた警笛に
妄想をつのらせます

警笛は
パトカーのサイレンか
消防車のサイレンかに似た
100年近く前の警察の車両か
消防車の車両が発する
急を告げるための人工音でしょう
深夜、警笛が聞こえることはよくあることです
なにか事故もしくは事件があったのでしょうか
不吉な響きは
現代のものと変らぬ
不安感を聞く人々の胸に刻みます

妄想は広がり
天変地異の発生をおそれる
想像へと羽根は広がり
やがて
恋人や親兄弟との離別のイメージさへ生まれ
詩は終わります

この詩を作った日(4月23日)の日記には

昨夜二時迄読書。それより二篇の詩を物し、終ること四時半。腹空つて眠
られず。五時半食堂にビールを取りに行つたれどまだ起きてゐず。それより
雑誌・新聞等を読みて六時半再びビールを取りにゆき、得たり。序でに朝
食を頼む。ビール一本を飲み終らざるうちに朝食を運び来たる。朝食をとり
て、また残りのビールを飲む。天気はよいかな。昨夜あれ程に淋しき心を歌
ひたる、げに夢の如し。

などと記されました

深夜2時まで読書し
それから二つの詩を作り終わるのが4時半
空腹で眠れないので
ビールを飲み
朝食を取り
陽が昇るのを見れば
好い天気だった
昨夜感じた
身の凍えるほどの淋しさは
どこへ行ってしまったのやら
夢みたい……

「幻想」とタイトルを付けていることは
よからぬ想像を
客観視する詩人の眼差しが
存在していることを示しますから
余計な心配はしないほうがよいらしく
日記にも
現実をある意味でたくましく生きる詩人の姿があります

 *
 十二月の幻想

ウー……と、警笛(けいてき)が鳴ります、ウウウー……と、
皆さん、これは何かの前兆です、皆さん!
吃度(きっと)何かが起こります、夜の明け方に。
吃度何かゞ夜の明け方に、起こると僕は感じるのです

――いや、そんなことはあり得ない、決して。
そんなことはあり得ようわけがない。
それはもう、十分冷静に判断の付く所だ。
それはもう、実証的に云つてさうなんだ……。

ところで天地の間には、
人目に付かぬ条件があつて、
それを計上しない限りで、
諸君の意見は正しからうと、

一夜彗星(すいせい)が現れるやうに
天変地異は起ります
そして恋人や、親や、兄弟から、
君は、離れてしまふのです、君は、離れてしまふのです
              (一九三五・四・二三)

 (角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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