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2010年7月 1日 (木)

草稿詩篇1933―1936<50>桑名の駅

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1936年(昭和11年)11月10日、
長男文也が亡くなり
約1か月後に
中原中也は日記の中に
「文也の一生」を書きます

その中に
1935年8月の
上京の道中で遭遇した水害について

八月十日母と女中と呉郎に送られ上京。湯田より小郡まではガソリンカー。坊や時々驚き窓外を眺む。三等寝台車に昼間は人なく自分達のクーペには坊やと孝子と自分のみ。関西水害にて大阪より関西線を経由。桑名駅にて長時間停車。
<編者注>考証の結果、八月十日は、八月十一日を詩人が誤記したものとされています

と、記します

このときのことを歌ったのが
「桑名の駅」で、
1935年8月12日に制作されました

詩人らは
6月末から8月11日まで
親子3人で帰省し
親子3人で再び上京したのですね
この上京時に
関西地方は集中豪雨に見舞われました

詩人ら一行は
大阪に着いたところで
東海道本線を利用できず
関西本線で東京に向ったのですが
奈良を経由し
名古屋に向う手前の桑名で
列車は立ち往生
そこで発車を待つ時間に
詩人はホームの駅員か駅長かに
話しかけました

ここが
あの、焼きハマグリの桑名ですか

駅員だか駅長だかが
ニヤっとか
ニタっとか
隠微(いんび)なそれではなく
快活に笑って
そうです、
その手はクワナの
焼きハマグリ
一度、食べてごらんなさいませ
なんちゃって応えるので
二人は
顔を見合わせて
笑い転げたのでした

ハマグリは
焼いて食べればうまいこと!うまいこと!
貝の中の貝です

もちろんその貝には
「美味しい女性」の意味も
掛けられていたことは
詩人はとうに知っていたことでした

会話がひとしきりした後
あたりは暗闇で
風も雨も止み
蛙の声だけが
しぐれるように鳴いていました、とさ

 *
 桑名の駅

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
夜更の駅には駅長が
綺麗な砂利を敷き詰めた
プラットホームに只(ただ)独り
ランプを持つて立つてゐた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ泣いてゐた
焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
此処(ここ)のことかと思つたから
駅長さんに訊(たず)ねたら
さうだと云つて笑つてた

桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ泣いてゐた
大雨(おほあめ)の、霽(あが)つたばかりのその夜(よる)は
風もなければ暗かつた
         (一九三五・八・一二)
         「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪
          間の不通のため、臨時関西線を運転す」

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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