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2010年7月14日 (水)

草稿詩篇1933―1936<54> (秋が来た)

(秋が来た)には
日付が記されていませんが
使用された原稿用紙、筆記具、インク、筆跡が
「竜巻」
「山上のひととき」
「四行詩」と同じものなので
1935年初秋の制作と推定されている作品です

4433のソネットで
都会の秋の
ほとんどが風景描写のようでありながら
僕の所在無さとか孤独感とかが
けれんみなく歌われているところは
やはり中原中也の詩で
センチメンタルな要素が少しもありません

公園の並木は
公孫樹(イチョウ)でしょうか
公孫樹以外の落葉でしょうか
夕方の陽の光が落葉の上に落ちて
わびしい黄色に輝いているのです

まるで泣き止んだ女の顔のようで
純白で上質の画用紙ワットマンに描いた淡彩画です
裏側は湿っぽいのに
表はサラッと乾いています

細かい砂粒をまぶしたように装い
今にも消え入りそうなか弱い女心を持つかのように
遥かな空を見やっているのですが……

僕はといえば
しゃがんで、石ころを拾ってみたり
遠くを見たり
拾った石ころをちょっと放ってみたり
思い出すように口笛を吹いてみたり……

たけなわを迎えた秋の中に
溶け込んでいるかのような詩人は
もはや
秋という季節の点景と化しているのです

 *
 (秋が来た)

秋が来た
また公園の竝木(なみき)路は、
すつかり落葉で蔽(おお)はれて、
その上に、わびしい黄色い夕陽は落ちる。

それは泣きやめた女の顔、
ワットマンに描(か)かれた淡彩、
裏ッ側は湿ってゐるのに
表面はサラッと乾いて、

細かな砂粒をうつすらと附け
まるであえかな心でも持つてゐるもののやうに、
遥(はる)かの空に、瞳を送る。

僕はしやがんで、石ころを拾つてみたり、
遐(とお)くをみたり、その石ころをちよつと放つたり、
思ひ出したみたいにまた口笛を吹いたりもします。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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