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2010年7月18日 (日)

草稿詩篇1933―1936<55-2>曇った秋・続

大岡昇平は
「曇った秋」について
詩に登場する「君」が
小林秀雄その人のことであることを指摘する中で

 小林は昭和九年以来、中原の詩の文壇への推薦者であった。「文学界」八月
号に「骨」を紹介した。「山羊の歌」の文圃堂出版は青山二郎のサロンで自然に
湧いた話だが、無論小林の賛成があって成立したのである。「文学界」昭和十年
一月号に小林が「書評」を、河上が「推薦文」を書いた。
 「六月の雨」は、昭和十一年夏の文学界賞の有力候補になった。賞は、結局
一時「文学界」の財政的援助者でもあった岡本かの子「鶴は病みき」へ行ったが、
「文学界」は殆ど毎月中原の詩を載せている。

と、小林らの詩人へのサポートの数々を列挙して

それでも中原の怨恨は解けなかったのである。

と結論しています。
(新旧全集「日記・書簡」解説)

1935年の
日記や書簡を解説するくだりは
詩人としての評価が高まる一方で
「周囲との不調和」に悩む詩人にふれ
とりわけ
小林秀雄との「因縁」を抽出して
詩人の側の「怨恨」に注目します

大岡昇平は
2年前の昭和8年(1933年)8月8日制作の
未発表詩篇「怨恨」に遡って
詩人の小林への怨恨を指摘したかと思うと
それが
1935年(昭和10年)9月13日の
日記に書かれた「呪詛」へ
一直線に通じるものと断定的に語りますが
その流れで
同年10月5日制作の
「曇った秋」を
「不気味な作品」として紹介するのです

つまり
大岡昇平は「曇った秋」を
怨恨の歌と見做しているのですが
この詩には
じめじめとした憎悪の呼吸は感じられず
むしろ乾いていて
さばさばとした悲しみに近いものが感じられるのは
「身内」にはない
不特定多数の一読者の
鈍感さのせいでしょうか

しよんぼりとして、犬のやうに捨てられてゐたと。

と歌っても
みじめさは
一読者には感じられず
「僕」にもありません

第2節で
突如、犬ではなく
猫に目を移すのは
捨てられた犬のみじめさとは異なる世界に
僕=詩人は棲息し
「緊密な心」を抱いて生存する猫に
自分を見ることができるからです

猫は空地の雑草の陰で、
多分は石ころを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐた――

と、猫に自身を投影して見ることができ
その猫は詩人の生き方であり
猫を歌うことによって
詩人の生き方を
明らかにしているのでしょう
中原中也、伝家宝刀の詩人宣言です

大岡昇平は
「曇った秋」を
なぜ
「不気味な作品」と受け止めたのでしょうか
逆に
疑問が湧いてきます

 *
 曇った秋

      1

或る日君は僕を見て嗤(わら)ふだらう、
あんまり蒼い顔してゐるとて、
十一月の風に吹かれてゐる、無花果(いちじく)の葉かなんかのやうだ、
棄てられた犬のやうだとて。

まことにそれはそのやうであり、
犬よりもみじめであるかも知れぬのであり
僕自身時折はそのやうに思つて
僕自身悲しんだことかも知れない

それなのに君はまた思ひ出すだらう
僕のゐない時、僕のもう地上にゐない日に、
あいつあの時あの道のあの箇所で
蒼い顔して、無花果の葉のやうに風に吹かれて、――冷たい午後だつた――

しよんぼりとして、犬のやうに捨てられてゐたと。

     2

猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣りの空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇の中で鳴いてゐた。

あのやうにゆつたりと今宵一夜(ひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存してゐるのであらう……

あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雑草の陰で、
多分は石ころを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐた――

     3

君のそのパイプの、
汚れ方だの燋(こ)げ方だの、
僕はいやほどよく知つてるが、
気味の悪い程鮮明に、僕はそいつを知つてるのだが……

  今宵ランプはポトホト燻(かゞ)り
  君と僕との影は床(ゆか)に
  或ひは壁にぼんやりと落ち、
  遠い電車の音は聞こえる

君のそのパイプの、
汚れ方だの焦げ方だの、
僕は実によく知つてるが、
それが永劫(えいごう)の時間の中では、どういふことになるのかねえ?――

  今宵私の命はかゞり
  君と僕との命はかゞり、
  僕等の命も煙草のやうに
  どんどん燃えてゆくとしきや思へない

まことに印象の鮮明といふこと
我等の記臆、謂(い)はば我々の命の足跡が
あんまりまざまざとしてゐるといふことは
いつたいどういふことなのであらうか

    今宵ランプはポトホト燻り、
    君と僕との影は床に
    或ひは壁にぼんやりと落ち、
    遠い電車の音は聞こえる

どうにも方途がつかない時は
諦めることが男々しいことになる
ところで方途が絶対につかないと
思はれることは、まづ皆無

    そこで命はポトホトかゞり
    君と僕との命はかゞり
    僕等の命も煙草のやうに
    どんどん燃えるとしきや思へない

コホロギガ、ナイテ、ヰマス
シウシン ラツパガ、ナツテ、ヰマス
デンシヤハ、マダマダ、ウゴイテ、ヰマス
クサキモ、ネムル、ウシミツドキデス
イイエ、マダデス、ウシミツドキハ
コレカラ、ニジカン、タツテカラデス
ソレデハ、ボーヤハ、マダオキテヰテイイデスカ
イイエ、ボーヤハ、ハヤクネルノデス
ネテカラ、ソレカラ、オキテモイイデスカ
アサガキタナラ、オキテイイノデス
アサハ、ドーシテ、コサセルノデスカ
アサハ、アサノホーデ、ヤツテキマス
ドコカラ、ドーシテ、ヤツテクル、ノデスカ
オカホヲ、アラツテ、デテクル、ノデス
ソレハ、アシタノ、コトデスカ
ソレガ、アシタノ、アサノ、コトデス
イマハ、コホロギ、ナイテ、ヰマスネ
ソレカラ、ラツパモ、ナツテ、ヰマスネ
デンシヤハ、マダマダ、ウゴイテ、ヰマス
ウシミツドキデハ、マダナイデスネ
               ヲハリ
         (一九三五・一〇・五)

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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