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2010年7月22日 (木)

草稿詩篇1933―1936<59>一夜分の歴史

「一夜分の歴史」も
草稿は現存せず
「文芸」昭和12年(1937年)12月号に
遺稿として死後発表されたものだけが残り
この印刷物が底本とされる作品です
「文芸」に使用した草稿は
印刷終了後に散逸するなど
この作品が今こうして読まれるには
さまざまなエピソードがあり
そのことは新全集第2巻「詩Ⅱ」解題篇に
詳しく案内されています

制作は
昭和11年(1936年)5月頃と推定されていますが
死後初出にいたる複雑な経緯などがあり
断定できるものではありません

詩の内容は
雨の降るある夜
梅の木にたまった滴に風が吹いて
ボタボタと庭の土に落ちるのを聞きながら(見ながら)
詩人は
いつもより砂糖を多めにいれて
コーヒーを飲んだのですが

その夜のことを

と、そのやうな一夜が在つたといふこと、
明らかにそれは私の境涯の或る一頁であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくといふこと、
それは分り切つたことながら、また驚くべきことであり、
而(しか)も驚いたつて何の足しにもならぬといふこと……

と、「一夜分の歴史」として
思索するものです

このくだりに出会って
すぐさま
「曇った秋」の第3連を思い出し
とりわけ
その第5連

まことに印象の鮮明といふこと
我等の記臆、謂(い)はば我々の命の足跡が
あんまりまざまざとしてゐるといふことは
いつたいどういふことなのであらうか

を思い出します

この時期
詩人は
ある過去の出来事の一場面が
まざまざとよみがえり
それが近い過去ではなおさら
遠い過去では
手に届きもしないことだけれど同じことだ、と

「雲」では歌います

しきりに
過去のある一日や一瞬をクローズアップし
この「一夜分の歴史」のように

鮮やかな過去の一瞬が
私だけのもの
私だけに記憶されているものであり
その私はやがては
この世から消えてなくなる存在であり
そんなことは分かりきったことでありながら
考えれば考えるほど
驚くべきことで……

誠に
「死」とはとらえがたいもので
この目でしかと見ることができないもので
しかし驚いていてもはじまらないもので
……


永遠に答えの出ない問いを問う間も
風は吹き
梅の木にたまった滴を
地面に叩きつけているのです

 *
 一夜分の歴史

その夜は雨が、泣くやうに降つてゐました。
瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのやうに、
割れ易いものの音を立ててゐました。
梅の樹に溜つた雨滴(しずく)は、風が襲ふと、
他の樹々のよりも荒つぽい音で、
庭土の上に落ちてゐました。
コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、
ゆつくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。

と、そのやうな一夜が在つたといふこと、
明らかにそれは私の境涯の或る一頁であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくといふこと、
それは分り切つたことながら、また驚くべきことであり、
而(しか)も驚いたつて何の足しにもならぬといふこと……
――雨は、泣くやうに降つてゐました。
梅の樹に溜つた雨滴(しづく)は、他の樹々に溜つたのよりも、
風が吹くたび、荒つぽい音を立てて落ちてゐました。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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