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2010年8月12日 (木)

草稿詩篇1925-1928<5> 少年時

_5203206

昭和2年(1927年)1月制作と
推定されているのは「少年時」(母は父を送り出すと)――。
中原中也が上京してから
もう2年が過ぎようとしています

「山羊の歌」に選定された
同名の有名な詩があります
もろにランボーを感じさせる詩句とともに
タイトルそのものがランボーです

中原中也は
大正13年に翻訳出版された
鈴木信太郎訳「近代仏蘭西象徴詩抄」から
ランボーの散文詩「少年時」を筆写してしています
富永太郎から知ったのでしょうか
小林秀雄からでしょうか
ほかの、正岡忠三郎とか
冨倉徳次郎とかからでしょうか
中也自身がランボーの翻訳を探し当てたのでしょうか

夏の日の午(ひる)過ぎ時刻
誰彼の午睡(ひるね)するとき、
私は野原を走つて行つた……

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めてゐた……
噫(ああ)、生きてゐた、私は生きてゐた!

という第5、第6連あたりは
こちらの「少年時」(母は父を送り出すと)に
通じるものがありますが
二つの詩のうちで
一つが自選詩集に選ばれ
一つは外された理由は歴然としています

少年時というテーマで
一つ書き
しばらくして
また同じテーマで書いたら
後で書いたほうの出来がよかったので
そちらを自選詩集に選んだ
という関係に
二つの詩はあるようです
つまり
「少年時」(母は父を送り出すと)が
先に書かれたのです

「山羊の歌」に選ばれなかった
この「少年時」(母は父を送り出すと)は
上京中に書かれたものか
帰省中に書かれたものか
意見が分かれているようですが
書かれた内容は
父と母の思い出……にはじまって
父と母のすれ違いの間にはさまって悩む僕

父と母の間に立っていると
次第にいらいらしてくる僕
いらいらいらいらして
今にも爆発しそうになるのですが
考えれば父と母とどちらにも罪があるわけではないし

爆発して何か言ったとしても
父と母にためになることを言ってあげることにもならないから
自分を磨くしかない、
自分を磨こう
そのかわり後生ですから
僕には何も言ってくださるな
と、結局はそう思い直すのが常だった

いつもそうだった
それだから
僕は孤独になったんだ、と
ずっと孤独だったのはそういうことなのさ

冒頭連の母の描写

母は父を送り出すと、部屋に帰つて来て溜息をした。
彼の女の溜息にはピンクの竹紙。
それが少し藤色がゝつて匂ふので、
私は母から顔を反向(そむ)ける。

母は独りで、案じ込んでる。
私は気の毒だが、滑稽でもある。
  母の愁(うれ)ひは美しい、
  母の愁ひは愚かしい。

に、ランボーの激しさはなく
詩人の優しさがにじみ出ているような作品です

 *
 少年時

母は父を送り出すと、部屋に帰つて来て溜息をした。
彼の女の溜息にはピンクの竹紙。
それが少し藤色がゝつて匂ふので、
私は母から顔を反向(そむ)ける。

母は独りで、案じ込んでる。
私は気の毒だが、滑稽でもある。
  母の愁(うれ)ひは美しい、
  母の愁ひは愚かしい。

父は今頃もう行き先で、
にこにこ笑つて話してるだらう。
  父の怒りに罪はない、
  父の怒りは障碍(しょうがい)だ。

私は間で悩ましい、
私は間で悩ましい、僕はただもういらいらとする。
私はむやみにいらいらしだす。
何方(どちら)も罪がないので、云つてやる言葉もない。

(では、あゝ、僕は、僕を磨かう。
ですから僕に、何も言ふな!)
と、結局何時も、僕はさう思つた。
由来僕は、孤独なんだ……

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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