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2010年8月22日 (日)

草稿詩篇1925-1928<11> 屠殺所

「屠殺所」も
未完となった第一詩集に選ばれた作品で
昭和2―3年(1927―1928年)の制作(推定)

詩人は
何かしら困難な状況にあり
体調もよくありません
後に
僚友安原喜弘がいう「市街戦」を挑んで困憊し
深夜に帰宅しては
ゴールデンバットを立て続けにふかして
酒場での言い合いを反芻する日が
何日も何日も続いて
胃の中はニコチンとアルコールで
おかしくなっていたのでしょうか

東京を歩きはじめてまだ約3年です

あれやこれや考え込む底から
逃げてしまった女の笑い声や
あの男の言った言葉が
唐突によみがえったりしたでしょうか

そんなことはもう忘れてしまったでしょうか

あたかも
凸凹の道をつまずきつまづき
歩いているようでした
胃の痛みを腹に抱え
ひたすら堪えるしかない時を
やり過ごすためにだけ歩いていました

ふっと
牛がモーーーッと啼く声が聞えました
6月の明るい野原
草の間に露出する赤土
はるか向こうの地平に
真っ白な雲がポカンと浮いている

モーッとまた一つ牛が啼きました

詩人が
実在する屠殺所を
見たことがあるかどうかはわかりません
きっと見ていないことでしょう

ではこのシーンは
絵空事(えそらごと)ということになるでしょうか
いいえ
絵空事ではありません

詩人はいま
悪路を歩いています
つまずきそうになりながら
切り込んでくる痛みを堪えて
東京の道を歩いています

偶然か必然か
偶然といえば偶然
必然といえば必然
詩人の想像の世界に
牛がモーと啼きました
死にゆく牛の声です
屠殺所に引かれてゆく牛です

詩人の想像の世界は
絵空事を描写するものではありません
答えのない問いに答えを出そうとするのに似た
困難な道を行く詩人の心に
モーという牛の声は
実際に聞こえ
実在した、というべきはずのものです

 *
 屠殺所

屠殺所に、
死んでゆく牛はモーと啼いた。
六月の野の土赫(あか)く、
地平に雲が浮いてゐた。

  道は躓(つまず)きさうにわるく、
  私はその頃胃を病んでゐた。

屠殺所に、
死んでゆく牛はモーと啼いた。
六月の野の土赫く、
地平に雲が浮いてゐた。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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