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2010年9月14日 (火)

ノート小年時(1928―1930) <5>雪が降ってゐる……

「雪が降ってゐる……」は
末尾に(一九二九・二・一八)とあるように
1929年2月18日制作の詩です

1929年は昭和4年で
世界史の上では
10月24日のニューヨーク証券取引所の株価暴落を機に
世界恐慌が起こった年として
広く知られます

その年の初めに
この国の詩人が歌った詩が
「遠く」に「雪が降っている」情景でした

しかし
「遠くに」ではなく
「とほくを=遠くを」
「雪が降ってゐる」と
歌ったのは
雪の降る様を自然描写したものでないからであることは
すぐさま理解できることでしょう

遠くを雪が降っている
ああ 美しい! と
称えているのではなく
ここで降っている雪は
まずは
捨てられた羊か何かのようなのです

読み手は
「降る雪」が
「捨てられた羊」に
喩(たと)えられるだけで
特別な世界の中に
誘(いざな)われてしまいます

これは
「汚れつちまつた悲しみ」が
「狐の皮裘(かわごろも)」に
喩えられたのと似ていますし
(「汚れつちまつた悲しみに……」)

「私の上に降る雪は
真綿のやうでありました」
(「生い立ちの歌」)とも

「ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁きか」
(「雪の宵」)とも通じる
象徴詩法の一つです

その上、
世界に巻き起こりつつある暗雲を
見透かしたかのように
とほくを
捨てられた羊かなにかのように
高い空から
お寺の屋根にも
お寺の森にも
絶え間なく
兵営につながる道にも
日が暮れかかり
ラッパの音が聞える
とほくを
雪が降っている

と歌ったのですから
詩人の
時代をとらえる感覚の繊細さには
瞠目(どうもく)すべきものがあります

1936年の2.26事件は
まだ7年も後の話です
しかし
その兆しが
この詩にとらえられていることは
歌人・福島泰樹が感じるだけのことではなさそうです

「ノート小年時」に書きつけられた草稿には
赤いインキによる推敲の跡が残り
それは
「在りし日の歌」の第3次編集期(昭和12年春)のものと考証されていますから
長男・文也の死以後に
この詩に手が入れられたことを物語っています

雪が降っている「とほく」とは
空の奥の方
空の空……
であって
そこには
文也の影があるのです

詩人は
とてちてたトテチテターと
兵営ラッパの音が聞えてくる道を
よちよち歩きの文也の手を引いて
歩いたことがあったのかもしれませんし

そのようにリアルな場面を
イメージするまでもなく
漠然とした不安のようなものが
詩世界の中に
充満しています

 *
 雪が降ってゐる……

雪が降ってゐる、
  とほくを。
雪が降ってゐる、
  とほくを。
捨てられた羊かなんぞのように
  とほくを、
雪が降ってゐる、
  とほくを。
たかい空から、
  とほくを、
とほくを
  とほくを、
お寺の屋根にも、
  それから、
お寺の森にも、
  それから、
たえまもなしに。
  空から、
雪が降ってゐる
  それから、
兵営にゆく道にも、
  それから、
日が暮れかゝる、
  それから、
喇叭(らつぱ)がきこえる。
  それから、
雪が降ってゐる、
  なほも。
  (一九二九・二・一八)

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

Senpuki04
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