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2010年9月20日 (月)

ノート小年時(1928―1930) <10>夏の海

「夏の海」は
「木蔭」と同じ日付をもつ作品で
昭和4年(1929年)7月10日に作られました

年譜から
7月10日前後の
詩人の状況を見ておきますと

5月、泰子と京都へ行く。
7月、古谷綱武の紹介で彫刻家高田博厚を知る。高田のアトリエの近く、中高井戸に移転後頻繁にアトリエに通う。
高田の紹介で「生活者」9月号に、「月」他6篇、続いて10月号に「無題」(後、「サーカス)」と解題)他5篇を掲載。これらのほとんどは「山羊の歌」に収録。

となっています
4月に満22歳になった詩人です

中高井戸とは
豊多摩郡高井戸町中高井戸37(現杉並区松庵3丁目)で
例によって
新しくできた知人である
彫刻家・高田博厚の住まいの近くへ
引越したのです

高田は
倉田百三が編集人だった「生活者」の
同人であるよしみで
中原中也に発表を薦め
後に「山羊の歌」へ収録されるいくつかの詩が
同誌に掲載されました

うちわけを見ると
9月号に
「月」
「都会の夏の夜」
「黄昏」
「逝く夏の歌」
「悲しき朝」
「夏の夜」
「春」
の7篇

10月号に
「無題」(後に「サーカス」と解題)
「春の夜」
「朝の歌」
「港市の秋」
「春の思ひ出」
「秋の夜空」
の6篇と
名作・傑作が犇(ひしめ)いています

「夏の海」は
浪が輝いて美しく
空は静か
人のいない海
夏の昼
……と

夏の昼の海の情景を歌うだけのようですが
第1連第2行に
空は静かに「慈しむ」とあり
ここにこの詩が
単なる叙景詩とは
異なる詩であることが指示されます

第2連、第3連へ進むにつれ
この風景そのものが
先年亡くなった父の眼と思えてきて
しばらく忘れていた眼が
今はっきりと見えてなつかしく
昔のことが思い出されてくる
という展開になります

走馬灯のように
父と過ごした時間が
詩人の脳裏を
駆け巡ったのでしょうか
父のことばかりでなく
ほかのさまざまな故郷での思い出が
浮んでは消えていったのでしょうか

思い出にひたろうとする間もなく
打ち寄せる波が
詩人の脳裏に結ばれようとするイメージを粉砕し
波間に運んでいってしまったのでしょうか

人気のない
夏の
昼の海です

 *
 夏の海
 
輝(かがや)く浪の美しさ
空は静かに慈しむ、
耀く浪の美しさ。
人なき海の夏の昼。

心の喘(あえ)ぎしづめとや
浪はやさしく打寄する、
古き悲しみ洗へとや
浪は金色、打寄する。

そは和やかに穏やかに
昔に聴きし声なるか、
あまりに近く響くなる
この物云はぬ風景は、

見守りつつは死にゆきし
父の眼(まなこ)とおもはるる
忘れゐたりしその眼
今しは見出で、なつかしき。

耀く浪の美しさ
空は静かに慈しむ、
耀く浪の美しさ。
人なき海の夏の昼。
    (一九二九・七・一〇)

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

Senpuki04
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