生前発表詩篇を読む続編 <1>暗い天候(二・三)
「暗い天候(二・三)」は
昭和5年1月1日発行の「白痴群」第5号に
「暗い天候三つ」というタイトルで発表された
3節構成の詩でしたが
「山羊の歌」に第1節が
「冬の雨の夜」のタイトルで収録されて以後
独立した詩として扱われるようになりました
「暗い天候(二・三)」と表記される由来です
「白痴群」第5号には
「暗い天候三つ」とともに
「修羅街輓歌」
「みちこ」
「嘘つきに」の3篇が掲載され
別に「我が祈り」と
ヴェルレーヌ「ポーヴル・レリアン」の中也訳も掲載されています
「暗い天候(二・三)」は
「白痴群」が昭和5年1月の発行であり
「二」に「秋の夜」
「三」に「暗い冬の日」とあることから
昭和4年(1929年)11月に
制作されたものと推定されます
秋の夜に降る雨が
何日も何日もやむ気配もなく続いた
長雨の季節だったのでしょうか
原形詩の第1節である「冬の雨の夜」には
「萎れ大根の陰惨さ」のフレーズがあり
死んだ乙女達の
「aé,ao,aé,ao,aéo,éo!」の唱和が鮮烈ですが
これらの詩句の暗鬱な気分が
「暗い天候(二・三)」にも続いています
しかし
こんなにフケが落ちる、
とは、暗鬱にしても
ダダっぽいですね
そして
トタンを叩く雨の音は
お道化ているように聞えながら
哀しすぎる
と、暗鬱一本槍に走りません
着物一枚持たずに、
俺も生きてみたいんだよ。
と、犬や虫に向って
叫んでいるのも
やぶれかぶれの響きがありますし
やい、豚、寝ろ!
も、酔っ払って
誰彼となくほざいているみたいな
捨て鉢な感じでありますが
哀しすぎるのです
「白痴群」は
この詩が載った第5号の納会で
詩人と大岡昇平の喧嘩があったことで
有名です
富永次郎に罵声を浴びせた詩人が
いまにも取っ組み合いをはじめようとしていたところに
大岡が間に入って
「表へ出ろ」となった喧嘩のくだりは
大岡昇平の「朝の歌」中「白痴群」に
詳しく記録されています
この事件も一つの原因となって
「白痴群」は次の第6号を発行して
廃刊となってしまいます
「暗い天候(二・三)」にも
「白痴群」内部のストレスが
反映されていないはずがありません
赤ン坊の泣声や、
おひきずりの靴の音や、
昆布や
烏賊(するめ)や
洟紙(はながみ)や
首巻や、
と、さらにダダっぽい語句を
織り交ぜて
笑い飛ばしてみたいような哀しさ苦しさを
お道化て
追いやってみたいのだけれど
昨日という日が天気だったか
忘れてしまうほどのぬかるみは
「白痴群」の状況そのものだったのかもしれません
*
暗い天候(二・三)
二
こんなにフケが落ちる、
秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしてゐる……
お道化(どけ)てゐるな————
しかしあんまり哀しすぎる。
犬が吠える、蟲(むし)が鳴く、
畜生! おまへ達には社交界も世間も、
ないだろ。着物一枚持たずに、
俺も生きてみたいんだよ。
吠えるなら吠えろ、
鳴くなら鳴け、
目に涙を湛(たた)えて俺は仰臥さ。
さて、俺は何時死ぬるのか、明日か明後日か……
————やい、豚、寝ろ!
こんなにフケが落ちる、
秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしてゐる。
なんだかお道化てゐるな
しかしあんまり哀しすぎる。
三
この穢(けが)れた涙に汚れて、
今日も一日、過ごしたんだ。
暗い冬の日が梁(はり)や壁を搾(し)めつけるやうに、
私も搾められてゐるんだ。
赤ン坊の泣声や、おひきずりの靴の音や、
昆布や烏賊(するめ)や洟紙(はながみ)や首巻や、
みんなみんな、街道沿ひの電線の方へ
荷馬車の音も耳に入らずに、舞ひ颺(あが)り舞ひ颺り
吁(ああ)! はたして昨日が晴日(おてんき)であつたかどうかも、
私は思ひ出せないのであつた。
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
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