生前発表詩篇を読む続編 <3>我が祈り・小林秀雄に
「我が祈り」は
ヴェルレーヌ「ポーヴル・レリアン」の訳出と
「修羅街輓歌」
「暗い天候三つ」
「みちこ」
「嘘つきに」の4篇の詩篇とともに
「白痴群」第5号に発表されました
詩篇末尾に
「一九二九、一二、一二」とあることから
1929年(昭和4年)12月12日の制作と確定しています
小林秀雄への献呈詩です
長谷川泰子が
中原中也から去って
小林秀雄と暮しはじめたのは
大正14年(1925年)11月
それから2年半後の昭和3年5月
小林秀雄は
長谷川泰子から逃げるようにして
奈良におよそ1年間暮し
再び東京に戻ってきました
昭和4年(1929年)春のことです
この上京で
小林秀雄と中原中也との交友関係は
復活したとみる見方が一般的ですが
ここで大岡昇平の
発言を読んでおくと
昭和4年4月には小林秀雄の「様々なる意匠」が改造の懸賞論文に当選し、5年から「文芸春秋」に文芸時評「アシルと亀の子」が好評で1年続いた。力で文壇を押しまくって行く人間が、我々の仲間から出て来たのである。「白痴群」なんて、ケチな名前で寄り合ってる必要はないのである。河上はやがて小林を通して、堀辰雄、井伏鱒二などを知り、「セザール・フランク」は昭和5年「文学」に載る。小林は東京へ帰って来ていた。しかし中原は小林を訪ねる手がかりがない。
(「朝の歌」中の「白痴群」)
と記していて
微妙に食い違っていますが
中也が小林と再会するのは
さほど難しかったわけでもなさそうで
一方は「白痴群」の創刊
一方は文芸評論家デビューへのステップアップと
話題に事欠くことはなかったこともあり
昭和4年の春には実現しているようです
歌人・前川佐美雄は
高橋新吉の案内で中原中也と初対面したとき
日本橋の酒場で
小林秀雄と河上徹太郎を紹介されていることを
角川新全集(第1巻詩Ⅰ解題篇)は明らかにしていますが
この日は昭和4年4月のある日です
大岡は
文壇=メジャーに比べれば
「白痴群」などという同人誌なんて
名前からしてケチな寄り合いで
問題外といわんばかりに矮小化していますが
いかがなものでしょうか
この時期を記録するには
「白痴群」解散のきっかけの一つでもあった
中原中也との喧嘩が生々しくて
客観的なスタンスを保てていない書きっぷりです
中原は小林を訪ねる手がかりがない。
とは「予断」というもののようで
手がかりは
いくらでもありましたから
さっそく
日本橋の酒場での酒席となったのであろうことが
想像できますし
この日が再会初日であったかどうかも
疑わしいものです
「我が祈り」は
小林秀雄を文学上の師友として認める詩人が
歌はうともしない
叫ばうともしない
描(えが)かうともしない
説明しようともしない
そういうところ=此所(ここ)に立っているということ
つまりは
神の御前にあるということを誓うなかで
神の恵みがもしもあるものであれば
歌いたい
夜の歌と
櫂歌(かいうた)とを歌いたい
と告白している詩で
この詩自体を
小林秀雄に献呈しているものです
感想は
さまざまなことを述べることができましょうが
詩人が
本当に歌いたいのは
夜の歌と
櫂歌(かいうた)であるということは
心して聞いておきたいことですし
ここに至って
そのように歌う詩人に
拍手を送りたい気持ちにもなろうというものです
*
我が祈り
小林秀雄に
神よ、私は俗人の奸策(かんさく)ともない奸策が
いかに細き糸目もて編みなされるかを知つてをります。
神よ、しかしそれがよく編みなされてゐればゐる程、
破れる時には却(かえっ)て速(すみや)かに乱離(らんり)することを知つてをります。
神よ、私は人の世の事象が
いかに微細に織られるかを心理的にも知つてをります。
しかし私はそれらのことを、
一も知らないかの如く生きてをります。
私は此所(ここ)に立つてをります!………
私はもはや歌はうとも叫ばうとも、
描(えが)かうとも説明しようとも致しません!
しかし、噫(ああ)! やがてお恵みが下ります時には、
やさしくうつくしい夜の歌と
櫂歌(かいうた)とをうたはうと思つてをります………
一九二九、一二、一二
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
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