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2010年11月 6日 (土)

生前発表詩篇を読む続編   <21-1>秋を呼ぶ雨

畳の上に、灰は撒(ま)き散らされてあつたのです。

のっけから
詩のコアとなっている詩句が飛び出す
「秋を呼ぶ雨」は
昭和11年(1936年)7月の制作(推定)です

灰が畳の上に撒き散らされていた
とは
事件ですが……
 
読んでいくと
実際に
室内の畳の部屋が
灰で汚されている情景を歌っているのではなく
これはメタファーであることがわかります

何かが
灰のようなものになってしまって
その灰が
部屋の中いっぱいに撒き散らされて
火山灰が積もったような状態

その中で
うずくまったり
座ったり
寝転んだりして
生活していたのですから
灰だらけの真っ白な人間になったのかといえば
そういうことではなく
まるでそのように
灰の中で暮しているようだったという比喩なのです

その灰の正体は
やがて
明らかになるのですが
灰の散らばるような部屋で暮していた
ある日の夜明けに
秋を告げる
長々しい雨が降りはじめ
やむ気配も見せずに
どんどんどんどん降り続き
空が白むころには土砂降りになったのですが
ちょうどその激しい土砂降りにさ中に
鶏が鬨(とき)の声をあげたのです

倦怠=ケダイは
いまや
真夜中を越して
明け方を迎えています
それも霖雨の季節
土砂降りの雨
その上、その雨の中から
鶏鳴(けいめい)が聞こえてきたのです

こんな時刻に
覚醒しているものへ
詩人は
特別の感情を動かさざるを得ませんでした
詩人の思索は
遠い海を行く汽船の警笛へと
つながっていきます
鶏鳴が警笛を連想させ
やがて白く太く傾いた煙突を思い出させたのです
ふてぶてしくも可憐な煙突……
沖のほうの空は
霧か雨かで煙って
よくは見えないのですが

僕=詩人はへとへとでした
何一つやる気が起こりませんでした
そばに置いてある
純愛物語を読んで
その中の主人公のように
愛というものを享受したら
自分も元気を取り戻すのだろうか

希望は返ってくるだろうか
と思うものの
女の愛などというものにも
お前はもう動かされるということもないだろう
お前は
この世の頼りなさに
いやというほど
痛めつけられてきたではないか!

ここまでが
<1> です
<5>まである詩の一部です
序奏です

「秋を呼ぶ雨」は
文芸懇話会の機関紙である
「文芸懇話会」の昭和11年9月号(同9月1日発行)に
発表されました

(つづく)

 *       
 秋を呼ぶ雨

   1

畳の上に、灰は撒(ま)き散らされてあつたのです。
僕はその中に、蹲(うずく)まつたり、坐つたり、寝ころんだりしてゐたのです。
秋を告げる雨は、夜明け前に降り出して、
窓が白む頃、鶏の声はそのどしやぶりの中に起つたのです。

僕は遠い海の上で、警笛を鳴らしてゐる船を思ひ出したりするのでした。
その煙突は白く、太くつて、傾いてゐて、
ふてぶてしくもまた、可憐なものに思へるのでした。
沖の方の空は、煙つてゐて見えないで。

僕はもうへとへとなつて、何一つしようともしませんでした。
純心な恋物語を読みながら、僕は自分に訊〈(たず)〉ねるのでした、
もしかばかりの愛を享(う)けたら、自分も再び元気になるだらうか?

かばかりの女の純情を享けたならば、自分にもまた希望は返つて来るだらうか?
然し……と僕は思ふのでした、おまへはもう女の愛にも動きはしまい、
おまへはもう、此の世のたよりなさに、いやといふ程やつつけられて了つたのだ!

   2

弾力も何も失くなつたこのやうな思ひは、
それを告白してみたところで、つまらないものでした。
それを告白したからとて、さつぱりするといふやうなこともない、
それ程までに自分の生存はもう、けがらはしいものになつてゐたのです。

それが嘗(かつ)て欺かれたことの、私に残した灰燼(かいじん)のせゐだと決つたところで、
僕はその欺かれたことを、思ひ出しても、はや憤りさへしなかつたのです。
僕はたゞ淋しさと怖れとを胸に抱いて、
灰の撒き散らされた薄明の部屋の中にゐるのでした。

そしてたゞ時々一寸(ちよつと)、こんなことを思ひ出すのでした。
それにしてもやさしくて、理不尽でだけはない自分の心には、
雨だつて、もう少しは怡(たの)しく響いたつてよからう…………

それなのに、自分の心は、索然と最後の壁の無味を甞(な)め、
死なうかと考へてみることもなく、いやはやなんとも
隠鬱なその日その日を、糊塗してゐるにすぎないのでした。

   3

トタンは雨に洗はれて、裏店の逞しいおかみを想はせたりしました。
それは酸つぱく、つるつるとして、尤(もつと)も、意地悪でだけはないのでした。
雨はそのおかみのうちの、箒(ほうき)のやうに、だらだらと降続きました。
雨はだらだらと、だらだらと、だらだらと降続きました。

瓦は不平さうでありました、含まれるだけの雨を含んで、
それは怒り易い老地主の、不平にも似てをりました。
それにしてもそれは、持つて廻つた趣味なぞよりは、
傷み果てた私の心には、却(かえつ)て健康なものとして映るのでした。

もはや人の癇癖(かんぺき)なぞにも、まるで平気である程に僕は伸び朽ちてゐたのです。
尤も、嘘だけは癪(しやく)に障(さわ)るのでしたが…………
人の性向を撰択するなぞといふことももう、
早朝のビル街のやうに、何か兇悪な逞しさとのみ思へるのでした。

——僕は伸びきつた、ゴムの話をしたのです。
だらだらと降る、微温の朝の雨の話を。
ひえびえと合羽(かつぱ)に降り、甲板(デツキ)に降る雨の話なら、
せめてもまだ、爽々(すがすが)しい思ひを抱かせるのに、なぞ思ひながら。

   4

何処(どこ)まで続くのでせう、この長い一本道は。
嘗てはそれを、少しづつ片附けてゆくといふことは楽しみでした。
今や麦稈真田(ばつかんさなだ)を編むといふそのやうな楽しみも
残つてはゐない程、疲れてしまつてゐるのです。

眠れば悪夢をばかりみて、
もしそれを同情してくれる人があるとしても、
その人に、済まないと感ずるくらゐなものでした。
だつて、自分で諦めきつてゐるその一本道…………。

つまり、あらゆる道徳(モラリテ)の影は、消えちまつてゐたのです。
墓石のやうに灰色に、雨をいくらでも吸ふその石のやうに、
だらだらとだらだらと、降続くこの不幸は、
もうやむものとも思へない、秋告げるこの朝の雨のやうに降るのでした。

   5

僕の心が、あの精悍(せいかん)な人々を見ないやうにと、
そのやうな祈念をしながら、僕は傘さして雨の中を歩いてゐた。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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