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2010年11月15日 (月)

生前発表詩篇を読む続編   <25>郵便局

「郵便局」は
中原中也が参加していた詩誌「四季」の
昭和12年2月号(昭和12年1月20日付け発行)に発表された作品で
制作は昭和11年(1936年)12月中旬と推定されていますが
初稿の制作年月は特定できません

「散文詩四篇」と題して
同じ号に
「幻想」
「かなしみ」
「北沢風景」とともに
掲載されました

昭和11年11月10日に
愛息・文也を亡くした詩人です
その影響が
「郵便局」の内容に反映されているのか
断定的なことはいえませんが

繰り返し読んでみて
突然見舞われた悲しみ
といったような感情はかけらも見つけられず
冒頭行の
ガランとした所で遊んで来たい
にも
詩人の日常的な倦怠(けだい)が
感じ取れるばかりです

長男文也の死以前に作りおいた詩篇の
散文詩ばかりを選んだのか
定型詩を4篇引っ張り出して
散文詩に作り直してから
「四季」に送ったものなのか
そのどちらかと考えるのが自然でしょうか

ほかの作品も一律に
そういうことがいえるわけではありませんが
「郵便局」は

わが部屋わが机特有の厭悪

とあるように
慣れ親しんだ詩作の場から
時には
逃げ出したくなるほどの
「嫌気」を覚えるものであることを歌っているもので
ここにも倦怠(けだい)があって
なんらかの事件の匂いはありません

かつて読んだ時には
「正午―丸ビル風景」との類縁性を感じたのですが
それは
この郵便局が
東京丸の内にある
中央郵便局を思い出させたからで
そう思い出させた理由は何もなく
ひらめいただけだったのです

今読んでみても
この郵便局が
正午の丸の内ビルの一角にあっても
おかしくはなく
それならば中央郵便局としてもよいのですが
市ヶ谷谷町あたりの
もう少し小さな規模の郵便局を想定しても
的外れではありませんし
違った味わいが出てくるかもしれません

初稿の制作が特定できないのですから
市ヶ谷でも丸の内でもない
ほかの郵便局である可能性もあり
場所を限定する意味は薄れてきます

   *    
 郵便局

 私は今日郵便局のやうな、ガランとした所で遊んで来たい。それは今日のお午(ひる)からが小春日和で、私が今欲してゐるものといつたらみたところ冷たさうな、板の厚い卓子(テーブル)と、シガーだけであるから。おおそれから、最も単純なことを、毎日繰返してゐる局員の横顔!——それをしばらくみてゐたら、きつと私だつて「何かお手伝ひがあれば」と、一寸(ちよつと)口からシガーを外して云つてみる位な気軽な気持になるだらう。局員がクスリと笑ひながら、でも忙しさうに、言葉をかけた私の方を見向きもしないで事務を取りつづけてゐたら、そしたら私は安心して自分の椅子に返つて来て、向うの壁の高い所にある、ストーブの煙突孔でも眺めながら、椅子の背にどつかと背中を押し付けて、二服ほどは特別ゆつくり吹かせばよいのである。
 すつかり好い気持になつてる中に、日暮は近づくだらうし、ポケットのシガーも尽きよう。局員等の、機械的な表情も段々に薄らぐだらう。彼等の頭の中 に各々(めいめい)の家の夕飯仕度の有様が、知らず知らずに湧き出すであらうから。
 さあ彼等の他方見(よそみ)が始まる。そこで私は帰らざなるまい。
 帰つてから今日の日の疲れを、ジツクリと覚えなければならない私は、わが部屋とわが机に対し、わが部屋わが机特有の厭悪(えんお)をも覚えねばなるまい……。ああ、何か好い方法はないか?——さうだ、手をお医者さんの手のやうにまで、浅い白い洗面器で洗ひ、それからカフスを取換へること!
 それから、暖簾(のれん)に夕風のあたるところを胸に浮べながら、食堂に行くとするであらう……

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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