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2010年11月 1日 (月)

生前発表詩篇を読む続編   <18>白紙(ブランク)

「白紙(ブランク)」は
第二次「歴程」の創刊号に
「倦怠輓歌」のタイトルで
「童女」
「閑寂」
「深更」
「お道化うた」とともに
アンソロジーとして発表された作品です

この5作のうち
「閑寂」と「お道化うた」は
やがて「在りし日の歌」に収録されます

制作年月日については
「歴程」の発行事情との関係で
複雑な考証が行われ
「白紙(ブランク)」は
「閑寂」と同時期の
昭和10年11月14日―同11年1月と推定されていますが

「歴程」は
草野心平が主宰して
昭和10年5月1日付けで第1号が発行されましたが
第2号は発行されないまま休刊し
同年12月ごろに
第二次「歴程」が再刊される計画でした

この再刊予定の「歴程」のために
中原中也は
いくつかの詩篇を
「歴程」に送ったのですが
主宰者の草野の
原稿が不足しているのでもっと作品を寄せてほしい
との求めに応じて
追加の原稿を送ったのですが
このときの再刊計画は実現しませんでした

第二次「歴程」は
昭和11年に入ってから再刊の見通しがつき
その創刊号(3月発行)に
「倦怠輓歌」5篇のほかに
書評・菊岡久利著「貧時交」や
評論「作家と孤独」が掲載されました

この経過の中で
いつどの作品が作られ
いつどの作品が「歴程」に送付されたものか
よくわからないままになってしまいました

書評・菊岡久利著「貧時交」の末尾に
(一九三六、一、二八)とあることや
使用されているインク
原稿用紙
筆跡などから
制作日を推定するほかにない状態になっています

このようなことが
「角川新全集・第一巻・詩Ⅰ解題篇」に
記されている考証の一部ですが
制作日がわからないからといって
詩は読めないわけではありませんし
読んではいけないわけでもありませんし
読まないわけにもいきません

想像の羽根を
めいっぱい広げて
詩を味わう楽しみが
詩の制作日が不明だからといって
奪われる筋合いのものでもありません

「白紙(ブランク)」は
前回読んだばかりの
「深更」から
さほど時間をおかないで
作られたものであろうという想像は
自然の流れの中に生まれてきます

詩人は
「深更」で
真夜中に自室の机に向かって
「物々の影」を凝視する人でした
いや
凝視というより
物が目に入ってくるという状態にありました

「物々」は
いま
さらに眼前に迫り
書物として
インクとして
詩人の前に現れています
詩人に現前していますが
詩人がそれに心を動かすということはなく
かえって
物のほうが詩人がそこに在るということに
驚いているほどに
別個に存在しています

深更より
一刻
時は過ぎ去ったのかもしれません
夜は
盛りを越えて
くだちはじめても
私は
眠らないのです

私は
目の前に
皓皓として
広がる
白紙の中に
いつものように
います
息づいています

 *
 白紙(ブランク)

書物は、書物の在る処。
インキは、インキの在る処。

   私は、何にも驚かぬ。
   却(かえっ)て、物が私に驚く。

私はもはや、眠くはならぬ。
私の背後に、夜空は彳(た)つてる。

   書物は、書物の在る処。
   インキは、インキの在る処。

しづかに、しづかに、夜はくだち、
得知れぬ、悩みに、私は眠らぬ。

   書物は、書物の在る処。
   インキは、インキの在る処。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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