ダダ詩「ノート1924」の世界<24> (酒)
(酒)も
未完の詩ですが
どことなく沈鬱な響きがあるのは
文学論の旺盛さがなく
原因が分りません
蜘蛛は五月雨(さみだれ)に逃げ場を失ひました
という2行のせいでしょうか
原因不明、と
逃げ場を失った、と
マイナーイメージで語られる事態は
詩人に思わしくはない
何事かが起こったことを想像させますが
それが何であるかは不明です
詩人は
蜘蛛に
自身を投影したのでしょうか。
その蜘蛛は
五月雨に遭って
逃げ場を失ったのです
酒か
梅か
原因はわからないのですが
酒でも梅でもない
他の原因……
五月雨という自然現象に遭って
蜘蛛は逃げ場を失った
五月雨という
自然現象に
人事が隠されていそうです
得意気に
そうやって
キセル煙草を吸っている場合じゃない
キセルを折れ
キセルを折れ
犬が骨をしゃぶるように……
ヘン、いかがですか?
何かが書かれていません
省略なのか
飛躍なのか
何か存分には書かれていません
書くに書けないものに
苛立っているようにも読めます
「春の夕暮」から
季節はめぐり
五月雨の初夏です
蜘蛛の巣が
雨の合間に光り輝く日もあったのでしょうか
椽の下では蜘蛛の巣が
心細さうに揺れている
と「帰郷」(「山羊の歌」)第1連で
さてその空には銀色に、蜘蛛の巣が光り輝いてゐた。
と「ゆきてかへらぬ」(「在りし日の歌」)最終行で
蜘蛛の巣が
やがて歌われるのにつながる感情が
この時にあったものか
どこか孤独感が
蜘蛛にはつきまといます
*
(酒)
酒
梅
原因が分りません
蜘蛛は五月雨(さみだれ)に逃げ場を失ひました
キセルを折れ
キセルを折れ
犬が骨を……
ヘン、如何です?
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
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