ダダ詩「ノート1924」の世界<44-2>ランボーとの初対面は上田敏訳「酔ひどれ船」
「大正十三年夏富永太郎京都に来て、彼より仏国詩人等の存在を学ぶ」と
「我が詩観」の中の
「詩的履歴書」に記した中原中也でしたが
実際にどんなことを学んだのかを明らかにする一つの例が
「ノート1924」の空いていたページに書かれた
ランボーの翻訳の筆写です。
この頃詩人はまだ
フランス語の勉強をはじめていなかったものですから
富永がその一部を口ずさんだであろう
フランス語によるランボーやベルレーヌに
耳をそばだてて聞き入ったに違いありません
とるものもとりあえず
詩人は
「上田敏詩集」(玄文社)に収められていた
ランボーの日本語訳「酔ひどれ船(未定稿)」を
書き写したのです
詩人は
上田敏訳「酔ひどれ船」の筆写を
あわせて3回行っており
「ノート1924」の空きページに記したものが
1回目のものでしたが
詩の全部ではなく
第11連まででした
ここに
上田敏訳の「酔ひどれ船(未定稿)」を
引いておきます。
ダダイズムの詩から
脱皮を図る決意を固める
小さなきっかけに過ぎなかったかもしれませんが
やがては
ランボーの詩の翻訳に心血を注ぐことになる詩人の
ランボーとの初対面です。
酔ひどれ船(未定稿)
上田敏訳
われ非情の大河を下り行くほどに
曳舟の綱手のさそひいつか無し。
喊き罵る赤人等、水夫を裸に的にして
色鮮やかにゑどりたる杙に結びつけ射止めたり。
われいかでかかる船員に心残あらむ、
ゆけ、フラマンの小麦船、イギリスの綿船よ、
かの乗組の去りしより騒擾はたと止みければ、
大河はわれを思ひのままに下り行かしむ。
荒潮の哮(たけ)りどよめく波にゆられて、
冬さながらの吾心、幼児の脛よりなほ鈍く、
水のまにまに漾へば、陸を離れし半島も
かかる劇しき混沌も擾れしこと無かりけむ。
颶風はここにわが漂浪の目醒に祝別す、
身はコルクの栓よりも軽く波に跳りて、
永久にその牲(にへ)を転ばすといふ海の上に
うきねの十日、燈台の空(うつ)けたる眼は顧みず。
酸き林檎の果を小児等の吸ふよりも柔かく、
さみどりの水はわが松板の船に浸み透りて、
青みたる葡萄酒のしみを、吐瀉物のいろいろを
わが身より洗ひ、舵もうせぬ、錨もうせぬ。
これよりぞわれは星をちりばめ乳色にひたる
おほわたつみのうたに浴しつつ、
緑のそらいろを貪りゆけば、其吃水(みづぎは)蒼ぐもる
物思はしげなる水死者の愁然として下り行く。
また忽然として青梅の色をかき乱し、
日のきらめきの其下に、もの狂ほしくはたゆるく、
つよき酒精にいやまさり、大きさ琴に歌ひえぬ
愛執のいと苦き朱(あか)みぞわきいづる。
われは知る、霹靂に砕くる天を、龍巻を、
寄波(よせなみ)を、潮ざゐを、また夕ぐれを知るなり、
白鳩のむれ立つ如き曙の色も知るなり、
人のえ知らぬ不思議をも偶(たま)には見たり。
神秘のおそれみにくもる入日のかげ、
紫色の凝結にたなびきてかがよふも見たり。
古代の劇の俳優(わぎをぎ)が並んで進む姿なる
波のうねりの一列がをちにひれふるかしこさよ。
夜天の色の深(こ)みどりはましろの雪のまばゆくて
静かに流れ、眼にのぼるくちづけをさへゆめみたり。
世にためしなき霊波は大地にめぐりただよひて
歌ふが如き不知火の青に黄いろにめざむるを。
幾月もいくつきもヒステリの牛小舎に似たる
怒濤が暗礁に突撃するを見たり、
おろかや波はマリアのまばゆきみあしの
いきだはしき大洋の口を篏し得ると知らずや。
(「新編中原中也全集第3巻翻訳解題篇」より)
※ここまでが25連ある作品の、詩人が筆写した11連までです。
この筆写は、
(人々は空を仰いだ)が書かれたページの
前の4ページにわたって記されています。
*
(人々は空を仰いだ)
人々は空を仰いだ
塀が長く続いてたために
天は明るい
電車が早く通つてつたために
――おお、何といふ悲劇の
因子に充ち満ちてゐることよ
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
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