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2011年6月 9日 (木)

<再読> 秋/黄色い蝶の行方

「山羊の歌」の中の
「秋」の章を読み直しています。
「秋」は
一度、読みましたが
読み足りなかった部分を
少しだけ補いました。

  ◇

「みちこ」の章の次は
「秋」の章で、
5篇の作品が
配されています。

章と同じタイトルの「秋」という作品は
「死」を扱っていて
妙にリアルです。

「汚れつちまつた悲しみに……」第3連第4行の
「倦怠(けだい)のうちに死を夢む」が
ここに突如よみがえったかのようです。

そのイメージが具体化され……。
終わりでは蝶々が
詩集「在りし日の歌」の「一つのメルヘン」へ
続くかのように
草の上を飛んでゆきます。

死んでしまったぼくを
もう一人のぼくが見ている。
(「骨」の萌芽がここにあります)
見ているのはぼくのほかにもう一人
泰子らしき女性です。

二人が会話し
逝ったぼくを回顧する
そういう構造になっています。

第1連。
昨日まで灼熱の陽に燃えていた野原が
今日はぼおーっとして
曇り空の下に続いている。

一雨ごとに秋になるのだ
と世間の人は言う。
秋蝉が、すでにあちこちで鳴いている、
草原の、一本の木立ちの中でも鳴いている。

ぼくが煙草を吸うと
煙が澱んだ空気の中を揺られて昇ってゆく。

地平線は目を凝らしても見ることができない
陽炎の亡霊たちが
立ったり座ったりせわしないので
ぼくは、しゃがみ込んでしまう。

不気味なイメージに
中也独特のリアルさが滲みます。

空は、鈍い金色に曇っている
相変わらず!
とても高いので、ぼくはうつむいてしまう

ぼくは、倦怠(けだい)を観念して生きているんだよ
煙草の味は三通りほどあるのさ
死というやつも、そんなに遠いものじゃないかもしれない

第2連は会話。

それではさよなら、と言って
真鍮の光沢みたいな妙にはっきりした笑みをたたえて
あいつは
あのドアのところから立ち去って行ったんだよな
あの笑いからしてがどうも、
生きている者のようじゃなかったんだよ
あいつの目は
沼の水が澄んだ時かなんかのように
おそろしく冷たく光っていたよ
話している時も、他のことを考えているようだったさ
短く切って、ものを言う独特のクセがあったさ
つまらないことを、くどくど覚えていたよなあ

そうね
死ぬってこと分かっていたのよ
星を見ていると
星がぼくになるんだなんて言って
笑っていたわ
ついさっきのことよ

…………

ついさっきよ、
自分の下駄を、これはぼくのじゃないって言い張るのよ

第3連は女の独白。

草がちっとも揺れなかったのよ
その上を蝶々が飛んでいったのよ
浴衣を着て、あの人、縁側に立って、それを見ているのよ
あたしはこっちからあの人の様子を見てたの
あの人、じっと見てるのよ、黄色い蝶々を。
豆腐屋さんの笛が方々で聞こえていたわ
あの電信柱が、夕空にくっきり見えて
ぼく、って言って、あの人あたしの方を振り向くのよ
きのう30貫くらいある石をこじあげちゃった、って言うのよ
まあ、どうして? どこで?って、わたし聞いたのよ
するとね、あの人、あたしの目をじっと見るのよ
怒っているようなのよ、まあ
あたし、怖かった

死ぬ前って、変なものねえ……

 *

 秋

   1

昨日まで燃えてゐた野が
今日茫然として、曇つた空の下(もと)につづく。
一雨毎に秋になるのだ、と人は云ふ
秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、
草の中の、ひともとの木の中に。

僕は煙草を喫ふ。その煙が
澱(よど)んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎(かげろふ)の亡霊達が起(た)つたり坐つたりしてゐるので、
――僕は蹲(しやが)んでしまふ。

鈍い金色を帯びて、空は曇つてゐる、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯(うつむ)いてしまふ。
僕は倦怠を観念して生きてゐるのだよ、
煙草の味が三通りくらゐにする。
死ももう、とほくはないのかもしれない……

   2

『それではさよならといつて、
みように真鍮(しんちゆう)の光沢かなんぞのやうな笑(ゑみ)を湛(たた)へて彼奴(あ
いつ)は、
あのドアの所を立ち去つたのだつたあね。
あの笑ひがどうも、生きてる者のやうぢやあなかつたあね。
彼奴の目は、沼の水が澄んだ時かなんかのやうな色をしていたあね。
話してる時、ほかのことを考へてゐるやうだつたあね。
短く切つて、物を云ふくせがあつたあね。
つまらない事を、細かく覚えていたりしたあね。』

『ええさうよ。――死ぬつてことが分かつてゐたのだわ?
星をみてると、星が僕になるんだなんて笑つてたわよ、たつた先達(せんだつて)よ。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
たつた先達よ、自分の下駄を、これあどうしても僕のぢやないつていふのよ。』

   3

草がちつともゆれなかつたのよ、
その上を蝶々がとんでゐたのよ。
浴衣(ゆかた)を着て、あの人縁側に立つてそれを見てるのよ。
あたしこつちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々で聞えてゐたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、つてあの人あたしの方を振向くのよ、
昨日三十貫くらゐある石をコジ起しちやつた、つてのよ。
――まあどうして、どこで?つてあたし訊(き)いたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。

死ぬまへつてへんなものねえ……

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

Senpuki04
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