<再読>みちこ/肉体賛美
「山羊の歌」の中の
「みちこ」の章を読み直しています。
一度、読みましたが
読み足りなかった部分を
少しだけ補いました。
◇
章題を「みちこ」として
5作品が選ばれましたが
なぜ
「みちこ」という章題なのか
「少年時」後半部で
過去の「心の歴史」と化した恋は
長谷川泰子との離別の歌であったからか
ふたたび
歌われるためには
「みちこ」でなければならなかったのでしょうか
「みちこ」は
女性崇拝とか
女性賛美とかいうより
肉体賛美の詩。
胸むね
目め・まなこ・ひとみ
額ひたい(顙ぬか)
項くびすじ・うなじ
腕かいな・うで
一つひとつを賛美しています。
肉体賛美は
中原中也の場合
当然、精神の賛美ですが
胸を賛美して海
目を賛美して空
額(ひたい)を賛美して牡牛……と
女性を賛美するのに
自然になぞらえたのです。
倫理的なるものや
思想的なるものを
賛美したのではありません。
すでに
失われてしまった恋であるか
遠い日の恋であるゆえにか
この賛美は完全です
人間くささがなく
透明感があります。
現実での話、この女性は
長谷川泰子ではなく
他の女性が推論されていますが
(「痴人の愛」(谷崎潤一郎)のモデルになった葉山三千子であることを大岡昇平が証言しています)
女性がだれそれと特定されなくともOK!
と言えるほどに
女性一般の美しさを
歌い上げていて
見事!です
どのような女性も
このように歌われる美点を
少なからず持ち合わせているものです。
あなたの胸はまるで海のようだ
大きく打ち寄せ打ち上がる。
遥かな空、青い波に
涼しい風が吹いて
磯が白々と続いているかのようだ
また、あなたの目は、あの空の
遠い果てをも映し
次々に並んでやって来る波の
とても速く移ろっていくのに似ている。
あなたの目は
見るともなしに
沖を行く舟をみている
また、あなたの額の美しいこと!
物音に驚いて
昼寝から目覚めた牡牛のように
あどけなく
軽やかでしとやかに
頭をもたげたかと見る間に
打ち臥して眠りに入る
しどけない、あなたの首筋は虹のようで
力なく、赤ん坊のような腕をして
絃いとうたあはせはやきふし
いとうたあわせはやきふし
イトウタアワセハヤキフシ
糸・唄・合わせ・速き・節。
弦楽器の弦の糸と歌、とは、
音曲とか歌曲ほどの意味でしょうか。
歌曲の速いフレーズに乗って
あなたが踊ると
海原は涙に濡れて金色の夕日を湛たたえ
沖の瀬は、とても遠く、
向こうの方に静かに潤うるおっている
空に、あなたの息が絶えようとする
その瞬間を
僕は見た。
みちこ
きれいだよ
*
みちこ
そなたの胸は海のやう
おほらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あをき浪、
涼しかぜさへ吹きそひて
松の梢をわたりつつ
磯白々とつづきけり。
またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしゐて
竝びくるなみ、渚(なぎさ)なみ、
いとすみやかにうつろひぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆
沖ゆく舟にみとれたる。
またその顙(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡の夢をさまされし
牡牛(をうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯しぬ。
しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かひな)して
絃(いと)うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
海原はなみだぐましき金(きん)にして夕陽をたたへ
沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
空になん、汝(な)の息絶ゆるとわれはながめぬ。
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
にほんブログ村:「詩集・句集」人気ランキングページへ
(↑ランキング参加中。ポチっとしてくれたらうれしいです。)
« <再読>寒い夜の自我像/失われた恋 | トップページ | <再読>「無題」/わいだめもない世 »
「0001はじめての中原中也」カテゴリの記事
- <再読>時こそ今は……/彼女の時の時(2011.06.13)
- <再読>生ひ立ちの歌/雪で綴るマイ・ヒストリー(2011.06.12)
- <再読>雪の宵/ひとり酒(2011.06.11)
- <再読>修羅街輓歌/あばよ!外面(そとづら)だけの君たち(2011.06.10)
- <再読> 秋/黄色い蝶の行方(2011.06.09)
コメント