ラフォルグ<11>堀口大学が訳した4作品
堀口大学の
訳詩集「月下の一群」が発刊されたのは
大正14年(1925年)9月のことですから
中原中也が
これを入手し
何度となく読んだことは間違いありません。
上田敏の「海潮音」が明治38年(1905年)の発行
「牧羊神」は、死後刊行で
大正9年(1920年)のことでした。
中原中也は明治40年(1907年)生れで
上田敏は
明治7年(1874年)生まれで
大正5年(1916年)には亡くなっていますから
中原中也には父親の世代であり
一時代前を生きた人ですが
堀口大学は
明治25年(1892年)生まれで
昭和56年(1981年)まで生きた人で
中原中也が書いた昭和11年7月21日の日記には
山本書店に行く。堀口大学を訪ねる、留守。山内義雄に会って山本書店の言付を伝
える。三好達治の所へ寄る。(略)
という記述があるほか
堀口大学の著作を購入した記録が
日記の随所に現れますし
昭和2年4月13日の日記には
堀口大学、おまへがどうして男と生れて来たやら。おまへが少女と生れなかつたから
には意久地があつたものとみえる。その意久地とは蓋し品性下劣に関する。
などという「こきおろし」も見られます。
昭和のはじめから晩年に至るまで
日記に記すほどに
関心・関係を継続していたということですし
堀口大学を
中原中也は
同時代に生きていた文学者と見なす眼差しがあったから
それだけで「対等」であり
自由な批判の対象範囲にありました。
これは東京帝大仏文科の教官・辰野隆を
「夜襲」した関係などと
同じことでした。
上田敏が生きていれば
同じ風に
夜襲していたかもしれませんが
堀口大学の訳詩が
上田敏のよりも
モダンで今風に映じていたのか
より新鮮に感じられていたことも
想像するのにむずかしいことではありません。
中原中也にとって
上田敏は前世代
堀口大学は同時代だったのです。
堀口大学が
「月下の一群」の中に訳出した
ジュール・ラフォルグの詩4作品を
見ておくことにします。
*
新月の連祷
ジュール・ラフォルグ
不眠症に
めぐまれた月よ、
エンデミオンの
白い頸飾(メダイヨン)よ、
住む人もない
化石の星よ、
サランボーの
ねたみの墓よ、
果(はて)しれぬ神秘の
波止場よ、
聖母(マドンナ)よ! 令嬢(ミス)よ!
ディアーヌ、アルテミスよ!
われ等が夜遊びの
聖(せい)みはりよ!
骨牌(かるた)あそびの
呪禁(まじなひ)よ、
露台の上の
つかれた夫人よ、
蛍をそそのかす
媚薬(ほれぐすり)よ、
最後の賛美歌よ、
窓よ、円屋根よ、
われ等が救ひの猫の
美しい眼よ、
おお、われ等が信仰の
野戦病院になつておくれ!
聖大赦免の
羽蒲団になつておくれ!
*
最後の一つの手前の言葉
宇宙かね?
――おれの心は
そこで死んで行くのさ
あとものこさずに……。
本当を云ふと、地球をとりまくあの天井は
大そう薄情に出来ているのさ。
女?
――おれはそこから生れて来てる、
魂の中に
死を抱(だ)いて……。
本当を云ふと、方角ちがひの二人が
一番愛し合へるのさ。
夢かい?
――結構なものさ
終りさへ
見られたら……。
本当を云ふと、人生は短かく
夢は長いよ。
すると
各自(てんで)が差配する
この肉体で
何をしたらよいのか?
本当に、おお、歳月よ、
この豊かな肉体で、何をしたらよいのか?
これや
ここや
かしこや……。
本当を云ふと、本当を云ふと、これだけさ。
その外は、なるやうにするがよいのさ。
*
ピエロの言葉
かくしの中へ両手をつつこんで
道を歩きながら
わしは聴く
百千の寺の鐘が
「貴様の知らぬ間に
時は近づくぞ」と歌ふのを!
何と! 神様なんかに、用はござらぬ!
ここはわが安住でさあ!
どうやらなつかしい
あの天井、
あれがわしのすべてでさあ。
わしはまつすぐに歩きます。
わしは曲がつた事は真平だ。
嘘の
はきだめのやうな、
歴史も、自然も、
わしは悉皆(しつかい)承知です、
ちよいと皆さんに申上げて置きますが、
わしは真面目で、云つてゐますよ。
*
五分間写生
オフェリア わが君、それは儚なうございます。
ハムレット 女子(をなご)の恋のやうにぢや。
おや、おや! 天気が変るわい、
雷さまも遠くない、
人たちは大急ぎで
乾草をしまひこむ!
腫(はれ)ものがやぶれる!
夕立がふり出す!
これはしたり
洪水どもの大げんくわ! ……
おや! おや! これはまた、
雨傘の行列だ!
おや! おや! 破産しかけた
この自然! ……
私の窓で
非人情な様子の
フクシャの花が一輪
よみがへる。
(新潮文庫「月下の一群」堀口大学訳詩集より)
※旧漢字を新漢字に改めてあります。編者。
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