ラフォルグ<12>中原中也が訳した3作品
山本書店に行く。堀口大学を訪ねる、留守。山内義雄に会って山本書店の言付を伝
える。三好達治の所へ寄る。(略)
中原中也は
昭和11年7月21日の日記に
このように記したのですが
ここに登場する山内義雄こそ
「上田敏全訳詩集」(岩波文庫)を
矢野峰人と共に編纂したその人であることが注目されます。
やがて
アンドレ・ジッド「狭き門」や
「チボー家の人々」の翻訳などで
フランス文学者として名を馳せることになる
山内義雄(1894~1973年)は
晩年の京都帝大教授時代の上田敏に
直接、薫陶をうけたよしみもあって
全訳詩集の編集を担当することになった間柄でした。
中原中也の日記の
昭和12年5月7日には
呉郎、山内義雄、土田先生に詩集発送。
8月18日には
山内義雄よりブールジェ「弟子」を贈呈さる。
8月24日には
ポール・ブールジェ「弟子」(山内義雄訳)読了。
とあり、
終焉の地となった鎌倉在住時代に
山内との交友が続いていたことを明らかにしています。
中原中也は
上田敏の流れとも堀口大学の流れとも
交友の域内にあり
影響の範囲内にあったことが分かるということです。
上田敏と堀口大学と中原中也の3人が
ラフォルグの詩を巡って
酒を飲み交わしたなんてことはなかったのですが
明治7年(1874年)生まれ(上田敏)のラフォルグ訳
明治25年(1892年)生まれ(堀口大学)のラフォルグ訳
明治40年(1907年)生れ(中原中也)のラフォルグ訳
と、生年が20年近く異なる訳者の
3種類のラフォルグの詩、計14篇を
現在でも文庫本で
読むことができるわけです。
中原中也訳のラフォルグは
生前に公表されておらず
未定稿ですが
3篇を一挙にみておきます。
*
謝肉祭の夜
ジュール・ラフォルグ
巴里は今晩大騒ぎ。弔鐘の如く時計台、
一時を打つ。歌へ! 踊れ! 朝露の命、
すべては空しい、――、さて空に、月は夢みる
生類の、発生以前と変りもなく。
なんと因果なことではないか! すべては閃きすべては過ぎる。
真理だ、愛だと、巧い言葉に乗せられながら
行手はいづこだ? とどのつまりは
地球が虚空で破裂して、影も形もなくなるまでか?
いろいろ歴史が並べて呉れる、叫びや涙や高言の
反響(こだま)は何処で、何時するのやら、
ねえ、バビロンよ、メンフィスと、ベナレス、テーベよ、ねえ羅馬、
おまへら廃墟でけふ此の頃は、風が花粉を運んでゐるよ。
さてこの俺だが、あと幾日を生きるやら?
俺は大地に身を投げつけて、叫びおののく、
永久返らぬ諸世紀の、綺羅(きら)燦然(さんぜん)の目の前で、
神意も通はぬ無心(こころな)の、涅槃(ねはん)の中の只中で!
と、聞えるぞ、静かな戸外(そとも)に、
響く跫音(あしおと)、悲しげな歌
祭りの帰りのへべれけの、労働者かな、
何れそこらの銘酒屋に、なんとなく泊まるのだらう。
おゝ、人の世は、あんまり悲しい、あんまりあんまり悲しいぞ!
お祭りといふお祭が、いつも涙の種となる。
《是空(ぜくう)だ、是空だ、一切是空だ!》
ところで俺の思ふこと、――ダヴィデの死灰やいまいづこ。
*
でぶっちょの子供の歌へる
ジュウル・ラフォルグ
お亡くなりになつたのは
心臓病でです、お医者は僕にさう云つたけが、
ティル ラン レール!
気の毒なママ。
僕もあの世に行つてしまはう、
ママと一緒にねんねをするんだ。
ホラ、ね、鳴つてら、僕の心臓、
きつとだ、ママが呼んでゐるんだ!
往来で、みんなは僕を嗤(わら)ふんだ、
僕の様子が可笑しんだつて
ラ イ トウ!
知るもんか。
あゝ! でも一歩(ひとあし)あるくたんびに
息は切れるし、よろよろもする!
ホラ、ね、鳴つてら、僕の心臓、
きつとだ、ママが呼んでゐるんだ!
それで野原に僕は行くんだ
夕陽が見えると泣けて来るんだ
ラ リ レット!
泣けてくるんだ。
よく知らないけど、だつて夕陽は
流れる心臓みたいぢやないか!
ホラ、ね、鳴つてら、僕の心臓、
きつとだ、ママが呼んでゐるんだ!
あゝ! もし可愛いいジュヌヴィエーヴが
この心臓をお呉れといつたら、
ピ ル イ!
あいよだ!
僕は黄色で悲しげなんだ!
彼女は薔薇色、おまけに陽気さ!
ホラ、ね、鳴つてら、僕の心臓、
きつとだ、ママが呼んでゐるんだ!
だいたいみんなが意地悪過ぎらあ、
夕陽を除(ど)けたらみんな意地悪だ、
ティル ラン レール!
夕陽とママと、
僕もあの世に行つてしまはう
ママと一緒にねんねをするんだ……
ホラ、ね、ホラ、ホラ、僕の心臓……
ね、ママ、僕を呼んでるのでせう?
*
はかない茶番
ジュール・ラフォルグ
バベルを幾つ集めても、威張つた所で泣いた所で、
人間という夢想家は、一小世界の蛆虫(うじむし)と、
とくと考へみるほどに、あんまし滑稽で仕方がない、
いくら考へ直してみても、いつも結局おなじこと。
それ劫初、涯なき海が造られてより、
天辺は、いつも変らぬ無辺際、
恒星は、続々々々繁殖し、その各々が
人畜棲息の惑星を、夫々引率れてゐるといふわけ……
いやはや言語道断な! これではあんまり可笑(おか)しくて!
と、不感無覚の空にむけ、俺は拳固を振上げた!
空の奴、随分俺を騙(だま)しをつたな?
誤魔化したつて知つてるぞ、我が此の地球は、
壮観な、宇宙讃歌(ホザナ・ホザナ)のその中で、
茶番の掛かる、たかゞ芝居の小屋ではないか。
(「中原中也全訳詩集」講談社文芸文庫より)
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