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2011年7月 9日 (土)

夜更の雨/ベルレーヌへの途上で<12>

上田敏訳の「お月様のなげきぶし」を
中原中也が読んで
「夜更の雨」を作るときに参考にして
新たに魂を吹き込んで使ったということは
だれも断言できないことですが

上田敏が「宇宙の舎密(せいみ)が鳴るのでせう。」と訳し
中原中也が「遐(とほ)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴つてる。」
と歌っているところからすれば
両者の類似は疑いようになく
参照した可能性はかなり高いといえそうです。

宇宙・舎密(せいみ)・鳴る

遠くの方・舎密(せいみ)・鳴ってる
へと
相似的ながらデフォルメされるのですが
なんといっても
中原中也のフレーズは

酒場の 軒燈(あかり)の 腐つた 眼玉よ、
  遐(とほ)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴つてる。

の2行が対になり
一体のものですし
「ヱ゛ルレーヌの面影」というテーマの詩の中の
最終行であるというところに
注目しなければなりません。

たとえ
上田敏の訳詩を参照したとしても
ここに
中原中也が躍動していますし
舎密(=セイミ)は
「お月様のなげきぶし」の舎密を飲み込んでしまう勢いで
意味するところにも
中原中也の詩心が吹き込まれています。

「夜更の雨」で
中原中也は
雨に打たれて路次を行く
落魄のベルレーヌに成り変り
酒場のネオンサインの
腐った目玉や
遠くの空で鳴りはじめた
イカズチ(雷)のドラミングを
迎え入れようとしているのです。

 ◇

お月様のなげきぶし    
            ジュル・ラフォルグ

星の声がする

  膝の上、
  天道様の膝の上、
踊るは、をどるは、
  膝の上、
  天道様の膝の上、
星の踊のひとをどり。

――もうし、もうし、お月様、
そんなに、つんとあそばすな。
をどりの組へおはひりな。
金の頸環(くびわ)をまゐらせう。

おや、まあ、いつそ有難(ありがた)い
思召(おぼしめし)だが、わたしには
お姉様(あねえさま)のくだすつた
これ、このメダルで沢山よ。

――ふふん、地球なんざあ、いけ好(すか)ない、
ありやあ、思想の台(だい)ですよ。
それよか、もつと歴(れき)とした
立派な星がたんとある。

――もう、もう、これで沢山よ、
おや、どこやらで声がする。
――なに、そりや何(なに)かのききちがひ。
宇宙の舎密(せいみ)が鳴るのでせう。

――口のわるい人たちだ、
わたしや、よつぴて起きてよ。
お引摺(ひきずり)のお転婆(てんば)さん、
夜遊(よあそび)にでもいつといで。

――こまつちやくれた尼(あま)つちよめ、
へへへのへ、のんだくれの御本尊(ごほんぞん)、
掏摸(すり)の狗(いぬ)のお守番(もりばん)、
猫の恋のなかうど、
あばよ、さばよ。

衆星退場。静寂と月光。遥かに声。
  はてしらぬ
  空(そら)の天井(てんじょ)のその下(した)で、
踊るは、をどるは、
  はてしらぬ
  空(そら)の天井(てんじょ)のその下(した)で、
星の踊をひとをどり。

 *
 夜更の雨

――ヱ゛ルレーヌの面影――

雨は 今宵も 昔 ながらに、
  昔 ながらの 唄を うたつてる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
 と、見るヱ゛ル氏の あの図体(づうたい)が、
倉庫の 間の 路次を ゆくのだ。

倉庫の 間にや 護謨合羽(かつぱ)の 反射(ひかり)だ。
  それから 泥炭の しみたれた 巫戯(ふざ)けだ。
さてこの 路次を 抜けさへ したらば、
  抜けさへ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにや 相違も あるまい?

自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
  あかるい 外燈(ひ)なぞは なほの ことだ。
酒場の 軒燈(あかり)の 腐つた 眼玉よ、
  遐(とほ)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴つてる。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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