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2011年8月28日 (日)

ランボー・ランボー<20>中原中也が訳した「虱捜す女」

「花」を読んだのですから
「虱を捜す女」を読むのが流れです。
中原中也が
ランボーを知って間もない頃に読んだのは
鈴木信太郎が訳して
「近代仏蘭西象徴詩抄」(大正13年9月発行)に収めた
「少年時」や「花」や
「虱を捜す女」でした。

「虱を捜す女」は
やがて中原中也自身によって翻訳され
「虱捜す女」として
「ランボオ詩集」中「初期詩篇」の章に収録されます。
初出は「ランボオ詩抄」(昭和11年6月)発行)ですが
昭和12年発行の「ランボオ詩集」の「初期詩篇」に
「酔ひどれ船」につづいて配置されています。

鈴木信太郎訳の「虱を捜す女」は
2011年7月31日付けで一度目を通していますから
ここでは中原中也訳「虱捜す女」を読みます。
(鈴木信太郎訳も併せて掲出しておきます。)

みどりご(嬰児)のおでこが、ポーっと赤らんできて
いつかしら、夢に入りはじめて真っ白な世界を欲しがっているとき
美しい二人の姉妹が、彼の眠る枕元に現れる
その細い指の爪は白銀の色をしている。

花々が乱れ咲き涼しげな風が吹きつける窓辺に
二人はみどりごを座らせる、そして
露の滴に濡れたふさふさのその子の髪の毛に
不気味なほど美しい細い指を差し入れ撫で擦る。

さて嬰児は聴く
気遣わしげなバラ色のしめやかな蜜の匂いのする二人の意気が歌うのを
姉妹の唇に浮ぶのは唾液なのかキスを求める欲求なのか
ともすれば二人の歌は途切れ途切れになる。

子どもは感じる
乙女らの黒い睫毛が芳(かぐわ)しい匂いの中で
まばたきするのを、またしなやかな指が
鈍い色の気だるさに包まれ、あでやかな爪の間で
シラミ(虱)をプチプチと潰す音を聞く。

(その音を聞き)たちまち気だるさに酔う子どもの脳天にあがってくる
天にも昇るようなハーモニカの調べみたいなためいきか
子どもは感じる、ゆるやかな愛撫につれて
絶え間なく泣きたい気持ちが絶え間なく消えたりまた出てきたりするのを。

「酔ひどれ船」と
「花」と
「虱シラミ――」と。
ほんの少し
ランボーに近づいているでしょうか。

いや
ランボーを通じて
中原中也に近づいているでしょうか――。

 *
 虱捜す女
   中原中也訳

嬰児の額が、赤い噴気(むづき)に充ちて来て、
なんとなく、夢の真白の群がりを乞うているとき、
美しい二人の処女(おとめ)は、その臥床辺(ふしどべ)に現れる、
細指の、その爪は白銀の色をしている。

花々の乱れに青い風あたる大きな窓辺に、
二人はその子を坐らせる、そして
露滴(しず)くふさふさのその子の髪に
無気味なほども美しい細い指をばさまよわす。

さて子供(かれ)は聴く気ずかわしげな薔薇色のしめやかな蜜の匂いの
するような二人の息が、うたうのを、
唇にうかぶ唾液か接吻(くちずけ)を求める慾か
ともすればそのうたは杜切れたりする。

子供は感じる処女らの黒い睫毛(まつげ)がにおやかな雰気(けはひ)の中で
まばたくを、また敏捷(すばしこ)いやさ指が、
鈍色(にびいろ)の懶怠(たゆみ)の裡(うち)に、あでやかな爪の間で
虱を潰す音を聞く。

たちまちに懶怠(たゆみ)の酒は子供の脳にのぼりくる、
有頂天になりもやせんハモニカの溜息か。
子供は感じる、ゆるやかな愛撫につれて、
絶え間なく泣きたい気持が絶え間なく消長するのを。

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※原作の歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに改め、ルビは一部を省略しました。

*
虱を捜す女
   鈴木信太郎訳

紅の疼く痒さを をさな児は額に湛へ
おぼろかの夢の真白き簇(むらが)りを 求むる時に、
銀色の爪ある指もしなやかの二人の姉の
愛らしき姿は 忽然 児の臥床(とこ)のほとりに現る。

繚乱と咲きたる花を、涵(ひた)したる碧き大気に
広々と開け放たれし窓辺、児を 乙女は坐らせ、
露のたま滴り落つる 児の重き髪 かき分けて、
美しくまた恐しき 細き指 爪立てて掻く。

物怖ぢしその気息(いきづき)の奏でたる歌を 児は聴く。
植物の淡紅色の蜜の香の立罩むる息。
脣にはしる蟲醋唾(むしづ)か 接吻をもとむる慾か、
児の喘ぐ憂き溜息に 息の歌とぎれとぎれに。

香の盈てる沈黙の中に しばたたく黒き睫毛を
仄かに児は聞く。やはらかく また稲妻と走る指、
懶惰(けだる)さのほろ酔心地、華やかの爪と爪との
間には小さき虱の 音たてて潰るる命。

かくていま「懈怠」の酒の酔ひは、児の脳髄にのぼる、
興奮に狂はむとするハモニカの調べの吐息。
をさな児の心の中に、ゆるやかの愛撫のままに、
さめざめと泣かむ思ひは 絶間なく湧きて消え行く。

(「ランボオ全集第1巻 詩集」より、人文書院 昭和27年)
※なるべく新漢字を使用し、原作のルビは、難読字や訳者独特の読み以外を排し、
( )内に記しましたが、現代カナに直しました。編者。

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