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2011年8月27日 (土)

ランボー・ランボー<19>小品「花」の宇宙

ランボーに
「花」というタイトルの小品があります。
詩集「イリュミナシオン」の中に収録されていて
鈴木信太郎が
その著作「近代仏蘭西象徴詩抄」(大正13年9月発行)で
「少年時」
「虱を捜す女」とともに訳出した散文詩です。

中原中也は
鈴木信太郎訳のこの「少年時」と
上田敏訳の「酔ひどれ船」を共に筆写し
一緒に綴じて保存していますが
「少年時」や
「酔ひどれ船」や
「虱を捜す女」ほどには
関心をもたなかったのか
翻訳されなかった作品です。

「少年時」も中原中也によって
翻訳されることはなかったのですが
こちらは筆写・保存のほかに
詩集のタイトルにしようとしたり
「山羊の歌」の章題にしたり
同題の詩をつくったりと
大きな影響を受けたことが明らかですし、
「酔ひどれ船」や「虱を捜す女」は
やがて翻訳して正面から向き合ったのに
「花」だけは関心を寄せたという痕跡がありません。

「酔ひどれ船」のスケールに圧倒されてしまえば
ちっぽけな「花」なんぞに
構っていられなかったというのが
実際のところだったのでしょうが
この「花」にも
ランボーの想像力は目一杯羽根を広げていますから
少しそれを見ておきましょう。

中原中也は
この「花」をいずれ原書で目を通すに違いないのですが
ランボーを知って間もない
大正末から昭和初期には
鈴木信太郎訳が手近にあり
それを読んだことが確実ですから
この訳を見ますと――。

 ◇
 花
   鈴木信太郎訳

 黄金の階段から、――絹の紐、鈍色の薄紗、緑の天鵞絨と日向の青銅のやうに黒
ずんだ円盤が入り乱れる間に、――銀と眼と髪の毛との細線で、織られた毛氈の上
に、ぢぎたりすの花が開くのが見える。
 瑪瑙の上にばら撒かれた黄色い金貨、緑玉の円天井を支へてゐる桃花心木(アカ
ジユウ)の柱、白繻子の花束と紅玉の細い鞭とは、水薔薇を取り囲む。
 巨きな青い眼で、雪のいろいろの形をした神様のやうに、海と空とは、この大理石の
台の上に、若々しくて強烈な薔薇の群を引き寄せる。

(「ランボオ全集第2巻 飾画・雑纂・文学書簡他」より、人文書院 昭和28年) ※な
るべく新漢字を使用し、原作のルビは、難読字や訳者独特の読み以外を排し、( )内
に記しましたが、現代カナに直しました。編者。

 ◇
文庫版で1ページに収まる小品ですが
ここには
いったいどれだけの花が
咲いているというのでしょうか!

文字面(づら)を見るだけで
ぢぎたりす=ジキタリス
桃花心木(アカジユウ)の柱
白繻子の花束
紅玉の細い鞭
水薔薇
薔薇の群
……という花が登場するのですが
それは「花」の一部というほかになく
野原や山の岩陰に香る植物の花というほかになく
花はそれだけの花ではないだろう、と
花の概念を覆(くつがえ)す「花」の世界が広がっています。

このカレードスコープ(万華鏡)の中心にあるのは
ジキタリスの花であるかに思いきや
水薔薇というこの世に存在しない「花」のようです。
水薔薇には
無数に咲き誇る「花」のビジョンが込められてあるかのようで
それはもはや中心にありながら
広大な周辺に向かい
そのまた外部に海と空が連なり広がっています。

「花」を引き立てる脇役であるかのように
黄金の階段
絹の紐
鈍色の薄紗
緑の天鵞絨(ビロード)
日向の青銅
黒ずんだ円盤
銀と眼と髪の毛との細線で織られた毛氈
瑪瑙の上にばら撒かれた黄色い金貨
緑玉の円天井を支へてゐる桃花心木(アカジユウ)の柱
白繻子の花束と紅玉の細い鞭
巨きな青い眼で、雪のいろいろの形をした神様
大理石の台……が
花の舞台装置として組み立てられますが
これらはもはや
舞台装置であるというよりも花の舞台そのものであり
花の一部であり
「花」そのものでもあります。

これは
宇宙というほかに
いいようにない花の世界……。
一字一句が
すべてが花と化しています。

(つづく)

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