ランボー・ランボー<23>日記に現れる「ランボーという事件」その2
中原中也が
ランボーの翻訳に取り組みはじめたのは
昭和2年ごろといわれていますから
この頃の日記のランボーに関する記述を読んでみたのですが
日記自体が
昭和2年で中断され
次に再開されるのは
昭和9年です。
フランス語の習熟も
ランボーの翻訳も
この頃になると
深化したはずですから
ランボー観にも変化があったのかどうか
それを見るために
昭和9年以降の日記をめくってみます。
すると……
昭和9年の日記に
ランボーは1回も登場せず
ゲエテ、チエホフ、ジイド、シェストフ、ゴーゴリ、モリエール、バルザック、ルッソオ、ヷ
レリイ、プルウスト、ボオドレエル……らがあるだけで
昭和10年は一時中断して
4月に再開した日記の8月に
アミエル、ヹルレエヌ、シェストフらがポツンポツンとあり
ドストエフスキー、フランシスコ・カルコ、ゴンチャロフ、ルイ・コデ、
フィリップ、ブスケ、ボードレール、ルナアル……
とつづくのですが、
ようやく11月26日に
(略)ランボオの訳をしようと思へども、来る日も来る日も乗気にならぬ。ランボオは、立派だけれど見本だけを呈出してあとはアフリカに行つちまつたんだと云へよう。見本だけといふことは、こっちが見本を、つまりShapesを知らぬ場合は、時間は省けるし有難いことだ。然しこつちが楽しまうとするや、物足りないことだ。そこで、ランボオを立派だと人には云はねばならぬ。然しランボオは面白いですよと私が云ふなら少しウソだ。でもなんとか云つてても、そのうち訳してしまふとしよう。根気といふものが、人々に正当に馴染む、唯一の道であらうか。
と、やや長めのコメントがあり
「然しランボオは面白いですよと私が云ふなら少しウソだ。」に
少し驚かされますが
いろいろな理由があったのでしょうし
11月27日と12月1日には
ランボオを少し訳す。
12月9日に
ランボオを訳す。
12月10日、11日、12日、16日、17日、19日に
ランボオ。
と簡単ながら続きますから
集中して翻訳に取り組んだ様子が見えます。
全くの空白と
ランボーの一語ながら連続と
ランボーに関する記述の背後には
建設社版「ランボー全集」の発行計画と頓挫
そして山本文庫「ランボー詩抄」のための翻訳という
二つの仕事の成否が関係していたようです。
建設社版「ランボー全集」は
第一巻=詩を中原中也
第二巻=散文を小林秀雄
第三巻=書簡を三好達治という布陣で
昭和10年春に出版が計画されていたものでしたが
何かの理由で頓挫してしまいました。
中原中也は
この仕事のために
昭和10年の正月を
郷里・山口で過ごし集中しました。
この時に手がけた翻訳の一部は
詳しい経緯は分かっていないのですが
山本文庫の「ランボー詩抄」に収められることになって
無駄になったわけではありません。
「ランボー詩抄」は
昭和11年6月に発行されました。
これらの仕事はいずれ
「ランボオ詩集」に結実することになりますから
徒労ということではありません。
(つづく)
*
少年時 中原中也
黝(あをぐろ)い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡つてゐた。
地平の果に蒸気が立つて、
世の亡ぶ、兆(きざし)のやうだつた。
麦田には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だつた。
翔(と)びゆく雲の落とす影のやうに、
田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿――
夏の日の午(ひる)過ぎ時刻
誰彼の午睡(ひるね)するとき、
私は野原を走つて行つた……
私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めてゐた……
噫(ああ)、生きてゐた、私は生きてゐた!
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
*
少年時 アルチュール・ランボオ
鈴木信太郎、小林秀雄共訳
一
この偶像、眼は黒く髪は黄に、親もなく、侍者もなく、物語よりも気高く、メキシコ人で
ありまたフラマン人、その領土は、傲岸無頼の紺碧の空と緑の野辺、船も通はぬ波濤
を越えて、猛々しくもギリシャ、スラヴ ケルトの名をもて呼ばれた浜辺から浜辺に亘
る。
森のはづれに、――夢の花、静かに鳴り、鳴り響き、光り輝く、――オレンヂ色の唇
をもつた少女、草原から湧き出る明るい流の中に組み合せた膝、裸身、虹の橋と花と
海とは、その裸身を暈(くま)どり、貫き、また着物で包む。
海のほとりのテラスに渦巻く貴婦人の群。少女たちや巨大な女たち、緑青の苔の中
には見事な黒人の女、木立と雪解けの小庭の肥沃な土の上に、直立する宝石の装
身具、――巡礼の旅愁に溢れた眼の、うら若い母と大きな姉、トルコの王妃、傍若無
人に着飾って闊歩する王女達、背の低い異国の女、また物静かに薄命な女たち。
何という倦怠だろう、「親しい肉体」と「親しい心」の時刻。
二
薔薇の茂みのうしろにゐるのは、彼女だ、死んだ娘だ。――年若くて亡つた母親が
石段を降る。――従兄の乗つた軽快な幌馬車は砂地を軋る。――(インドに住んでゐ
る)弟が、――夕陽を浴びて、あそこ、石竹の花咲く草原にゐる。――埋葬された老
人達は、丁字香の漂ふ砦に、すつくと立ちあがる。
黄金の木の葉の群は、将軍の家を取り巻く。家中が南方に居るのだ。――赤い街
道を辿れば、空家になつた宿屋に行き著く。城は売りもの。鎧戸ははづされてゐる。
――教会の鍵を、司祭は持つて行つたのだらう。――庭園の周りの番小屋には、人
が住んでゐない。柵は高く、風わたる梢しか見えぬ。尤も、中には見るものもないのだ
が。
草原を登つて行くと、鶏も鳴かぬ、鉄砧(かなしき)の音も聞えぬ小さな村落。閘門は
揚げられてゐる。ああ、立ち竝ぶ十字架の塚と砂漠の風車、島々と風車の挽臼。
魔法の花々は呟いてゐた。勾配が静かに彼を揺つた。物語のやうに典雅な動物が
輪を描いてゐた。熱い涙の永遠により創り出された沖合いに、雲がむらがり重つてゐ
た。
三
森に一羽の鳥がゐて、その歌が、人の足を止め、顔を赤くさせる。
時刻を打たない時計がある。
白い生き物の巣を一つ抱えた窪地がある。
降り行く大伽藍、昇り行く湖がある。
輪伐林の中に棄てられた小さな車、或はリボンを飾つて、小径を駆け下る車がある。
森の裾を貫く街道の上には、衣裳を著けた小さな俳優たちの一団が見える。
最後に、人が餓え渇する時に、何者か追ひ立てるものがある。
四
俺は、岡の上に、祈りをあげる聖者、――パレスチナの海までも牧草を喰って行く平
和な動物のやうだ。
俺は陰鬱な肱掛椅子に靠れた学究。小枝と雨が書斎の硝子窓に打ちつける。
俺は、矮小な森を貫く街道の歩行者。閘門の水音は、俺の踵を覆ふ。夕陽の金の
物悲しい洗浄を、いつまでも長く俺は眺めてゐる。
本当に、俺は、沖合に遙かに延びた突堤の上に棄てられた少年かも知れぬ。行く手
は空にうち続く道を辿つて行く小僧かも知れぬ。
辿る小道は起伏して、丘陵を金雀枝(えにしだ)は覆ふ。大気は動かない。小鳥の歌
も泉の声も随分遠くだ。進んで行けば、世界の涯(はて)は必定だ。
五
終に人は、漆喰の条目の浮き出した、石灰のやうに真つ白なこの墓を、俺に貸して
くれるのだ、――地の下の遙か彼方に。
俺は卓子(てえぶる)に肘をつく。ランプは、俺が痴呆のやうに読み返す新聞や何の
興味もない書籍を、あかあかと照らしてゐる。
俺の地底のサロンの上を遙かに遠く隔つて、人々の家が竝び立ち、霧が立ちこめる。
泥は赤く或は黒い。怪物の都会、果てしない夜。
それより低くに、地下の下水道。四方は地球の厚みだけだ。恐らく藍色の深淵か、
火の井戸もあらう。月と彗星、海と神話のめぐり会ふのも、恐らくこの平面かもしれ
ぬ。
懊悩の時の来る毎に、この身を、碧玉(サファイア)の球体、金属の球体と想ひなす。
俺は沈黙の主人。円天井の片隅に、換気窓のやうな一つの姿が、蒼ざめてゐるのは
何故だらうか。
(「ランボオ全集第2巻 飾画・雑纂・文学書簡他」より、人文書院 昭和28年)
※なるべく新漢字を使用し、原作のルビは、難読字や訳者独特の読み以外を排し、
( )内に記しましたが、現代カナに直しました。編者。
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