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2011年10月24日 (月)

中原中也が訳したランボー「孤児等のお年玉」その4

「孤児等のお年玉」は
中原中也が訳した「第2次ペリション版」(別称、メルキュウル版)では
冒頭に置かれてはいなかったのですが
ラコスト版(1939―1949年)や
プレイヤード版(1946年)
ガルニエ版(1960年)などが刊行されて
ランボー最初の詩作品としての認知が定着しました。
これら以降、
「初期韻文詩」や「前期韻文詩篇」などと分類された項目の
冒頭に置かれることが普及しました。

ランボーの作品では
「孤児等のお年玉」よりも前に書かれた「散文」があるため
ランボー詩集によっては
この「散文」を詩集冒頭に配置するものもあります。

僕が、はじめてランボオに出くわしたのは、23歳の春であった。その時、僕は、神田をぶらぶら歩いていた、と書いてもよい。向うからやって来た見知らぬ男が、いきなり僕を叩きのめしたのである。僕には、何の準備もなかった。ある本屋の店頭で、偶然見付けたメルキュウル版の「地獄の季節」の見すぼらしい豆本に、どんなに烈しい爆薬が仕掛けられていたか、僕は夢にも考えてはいなかった。

――と戦後すぐに小林秀雄が
「ランボオの問題」(1947年、後に「ランボーⅢ」と改題)に記した「メルキュウル版」と
中原中也が
「ランボオ詩集」(1937年)の「後記」に記した「メルキュル版」とが
同一の出版物であったかどうかは別として
同じ「メルキュール版」であったことは間違いありません。

堀口大学(1892~1981年)が
昭和24年(1949年)3月に刊行した「ランボオ詩集」(新潮社)は
目次に「初期詩篇」の項目を立てていないものの
冒頭に「みなし児たちのお年玉」を置いていますから
「メルキュール版」よりも新しい原典を
使用(参照)していることが推察されます。

1895年生まれの詩人・金子光晴(~1975年)は
早くからランボーに関心の目を向け
ランボーの詩の翻訳も早くから手がけましたが
1984年発行の「ランボー全集」(斉藤正二、中村徳泰との共著、雪華社)では
「みなし児たちのお年玉」を冒頭詩篇としています。

ここで
堀口大学の「みなし児たちのお年玉」の「一」を
昭和24年版「ランボオ詩集」と平成23年88刷の「ランボー詩集」で
金子光晴の「みなし児たちのお年玉」の「Ⅰ」を
1984年発行の「ランボー全集」(雪華社)で
あわせて読んでおきます。

 *
 みなし児たちのお年玉
 堀口大学訳 (昭和24年新潮社名作詩集)

 一
部屋のなかはもの陰で一ぱい。二人の子供たちの
わびしげな音なしやかな私語(ささやき)が聞えるばかり。
垂れ長の白カーテンの揺れ動く裾のあたりで
醒めきらぬ夢の重さに二人の額もうなだれがち。
戸外では、寒むそうに、小鳥達が、目白押し、
灰色の空のもと、彼等の翼(つばさ)も重たさう。
雲霧の供ぞろへいかめしい青陽の新年は
雪白の裳裾長々引きずつて
泣きながら笑つたり、寒さにふるへる声あげて歌つてみたり。

 *
 みなし児(ご)たちのお年玉
 堀口大学訳 (昭和26年新潮文庫、平成19年84冊改版、同23年88刷)

 一
部屋(へや)のなかはもの陰でいっぱい。二人の子供たちの
わびしげなおとなしやかな私語(ささやき)が聞えるばかり。
垂(た)れ長の白カーテンの揺れ動く裾(すそ)のあたりで
覚(さ)めきらぬ夢の重さに二人の額(ひたい)もうなだれがち。
戸外では、寒そうに、小鳥達が、目白押し、
灰色の空のもと、彼等の翼(つばさ)も重たそう。
雲霧(くもきり)の供ぞろい、いかめしい青陽(せいよう)の新年は
雪白(せっぱく)の裳裾(もすそ)長々引きずって
泣きながら笑ったり、寒さにふるえる声あげて歌ってみたり。

 *
 みなし児たちのお年玉
 金子光晴訳 (1984年、雪華社)

 Ⅰ
 物影の多い部屋のうちで、二人の子供の
いぢらしい、小声のささやきがぼそぼそときこえる。
 風におののく白いカーテンが、時々捲(ま)きあがる下で、
すっかりまださめきらないような、うっとりしたおももちで彼らは、頭を傾(かし)げる。
家の外では小鳥らが、寒さにからだをよせあい、
灰一色の空へ、おもい翼が飛びたちかねている。
新しい年は、深霧を身にまとい、
雪の衣裳(いしょう)のながい、襞裾(ひだすそ)をうしろにひきずってやって来て、
涙いっぱいな眼でほほえみかけ、
かじかんだ唄(うた)をうたう。

 *

 孤児等のお年玉
 中原中也訳

    Ⅰ

薄暗い部屋。
ぼんやり聞こえるのは
二人の子供の悲しいやさしい私話(ささやき)。
互ひに額を寄せ合つて、おまけに夢想(ゆめ)で重苦しげで、
慄へたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。
戸外(そと)では、小鳥たちが寄り合つて、寒がつてゐる。
灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでゐる。
さて、霧の季節の後(あと)に来た新年は、
ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、
涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄へて歌つたりする。

    Ⅱ

二人の子供は揺れ動くカーテンの前、
低声で話をしてゐます、恰度暗夜に人々がさうするやうに。
遠くの囁でも聴くやう、彼等は耳を澄ましてゐます。
彼等屡々、目覚時計の、けざやかな鈴(りん)の音には
びつくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、
硝子の覆ひのその中で、金属的なその響き。
部屋は凍てつく寒さです。寝床の周囲(まはり)に散らばつた
喪服は床(ゆか)まで垂れてます。
酷(きび)しい冬の北風は、戸口や窓に泣いてゐて、
陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹き込みます。
彼等は感じてゐるのです、何かゞ不足してゐると……
それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとつて、
それは得意な眼眸(まなざし)ににこにこ微笑を湛へてる母親なのではないでせう
か?
母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れてゐたのでありませうか、
灰を落としてストーブをよく燃えるやうにすることも、
彼等の上に羊毛や毬毛(わたげ)をどつさり掛けることも?
彼等の部屋を出てゆく時に、お休みなさいを云ひながら、
その晨方(あさがた)が寒いだらうと、気の付かなかつたことでせうか、
戸締(とじ)めをしつかりすることさへも、うつかりしてゐたのでせうか?
――母の夢、それは微温の毛氈です、
柔らかい塒(ねぐら)です、其処に子供等小さくなつて、
枝に揺られる小鳥のやうに、
ほのかなねむりを眠ります!
今此の部屋は、羽なく熱なき塒です。
二人の子供は寒さに慄へ、眠りもしないで怖れにわななき、
これではまるで北風が吹き込むための塒です……

    Ⅲ

諸君は既にお分りでせう、此の子等には母親はありません。
養母(そだておや)さへない上に、父は他国にゐるのです!……
そこで婆やがこの子等の、面倒はみてゐるのです。
つまり凍つた此の家に住んでゐるのは彼等だけ……
今やこれらの幼い孤児が、嬉しい記憶を彼等の胸に
徐々に徐々にと繰り展(ひろ)げます、
恰度お祈りする時に、念珠を爪繰るやうにして。
あゝ! お年玉、貰へる朝の、なんと嬉しいことでせう。
明日(あした)は何を貰へることかと、眠れるどころの騒ぎでない。
わくわくしながら玩具(おもちや)を想ひ、
金紙包(きんがみづつ)みのボンボン想ひ、キラキラきらめく宝石類は、
しやなりしやなりと渦巻き踊り、
やがて見えなくなるかとみれば、またもやそれは現れてくる。
さて朝が来て目が覚める、直ぐさま元気で跳(は)ね起きる。
目を擦(こす)つてゐる暇もなく、口には唾(つばき)が湧くのです、
さて走つてゆく、頭はもぢやもぢや、
目玉はキヨロキヨロ、嬉しいのだもの、
小さな跣足(はだし)で床板踏んで、
両親の部屋の戸口に来ると、そをつとそをつと扉に触れる、
さて這入ります、それからそこで、御辞儀……寝巻のまんま、
接唇(ベーゼ)は頻(しき)つて繰返される、もう当然の躁ぎ方です!

    Ⅳ

あゝ! 楽しかつたことであつた、何べん思ひ出されることか……
――変り果てたる此の家(や)の有様(さま)よ!
太い薪は炉格(シユミネ)の中で、かつかかつかと燃えてゐたつけ。
家中明るい灯火は明(あか)り、
それは洩れ出て外(そと)まで明るく、
机や椅子につやつやひかり、
鍵のしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を
子供はたびたび眺めたことです、
鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるのでした、
戸棚の中の神秘の数々、
聞こえるやうです、鍵穴からは、
遠いい幽かな嬉しい囁き……
――両親の部屋は今日ではひつそり!
ドアの下から光も漏れぬ。
両親はゐぬ、家よ、鍵よ、
接唇(ベーゼ)も言葉も呉れないまゝで、去(い)つてしまつた!
なんとつまらぬ今年の正月!
ジツと案じてゐるうち涙は、
青い大きい目に浮かみます、
彼等呟く、『何時母さんは帰つて来ンだい?』

    Ⅴ

今、二人は悲しげに、眠つてをります。
それを見たらば、眠りながらも泣いてると諸君は云はれることでせう、
そんなに彼等の目は腫れてその息遣ひは苦しげです。
ほんに子供といふものは感じやすいものなのです!……
だが揺籃を見舞ふ天使は彼等の涙を拭ひに来ます。
そして彼等の苦しい眠に嬉しい夢を授けます。
その夢は面白いので半ば開いた彼等の唇(くち)は
やがて微笑み、何か呟くやうに見えます。
彼等はぽちやぽちやした腕に体重(おもみ)を凭(もた)せ、
やさしい目覚めの身振りして、頭を擡(もた)げる夢をばみます。
そして、ぼんやりした目してあたりをずつと眺めます。
彼等は薔薇の色をした楽園にゐると思ひます……
パツと明るい竃には薪がかつかと燃えてます、
窓からは、青い空さへ見えてます。
大地は輝き、光は夢中になつてます、
半枯(はんかれ)の野面(のも)は蘇生の嬉しさに、
陽射しに身をばまかせてゐます、
さても彼等のあの家が、今では総体(いつたい)に心地よく、
古い着物ももはやそこらに散らばつてゐず、
北風も扉の隙からもう吹込みはしませんでした。
仙女でも見舞つてくれたことでせう!……
――二人の子供は、夢中になつて、叫んだものです……おや其処に、
母さんの寝床の傍に明るい明るい陽を浴びて、
ほら其処に、毛氈(タピー)の上に、何かキラキラ光つてゐる。
それらみんな大きいメタル、銀や黒のや白いのや、
チラチラ耀く黒玉や、真珠母や、
小さな黒い額縁や、玻璃の王冠、
みれば金字が彫り付けてある、『我等が母に!』と。
                〔千八百六十九年末つ方〕

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。

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