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2011年10月29日 (土)

中原中也が訳したランボー「天使と子供」その3

中原中也訳の「天使と子供」は
ラテン語詩のフランス語訳詩から
日本語に訳した「重訳」です。

重訳であることの限界を
想像することができますが
ここでは研究を目指しませんから
そのことには深入りしないで
あくまでも
中原中也が訳した詩
中原中也が日本語に訳したランボーの詩を追いかけます。

すると
「天使と子供」が
リズムによって
音数律によって
整然と作られているのが見えてきます。

ながくは待たれ、すみやかに、忘れ去られる新年の

この第1行を
声に出して読んでみると分かるのですが

●●●●●●● ●●●●● ●●●●●●● ●●●●●
ながくはまたれ  すみやかに  わすれさられる しんねんの
7―5―7―5

と、きれいな七五になっています。

第2行以下も――

子供等喜ぶ元日の日も、茲に終りを告げてゐた!
●●●●●●●● ●●●●●●● ●●●●●●● ●●●●●
8―7―7―5

熟睡(うまい)の床(とこ)に埋もれて、子供は眠る
●●●●●●● ●●●●● ●●●●●●●
7―5―7

羽毛(はね)しつらへし揺籠(ゆりかご)に
●●●●●●● ●●●●●
7―5

音の出るそのお舐子(しやぶり)は置き去られ、
●●●●● ●●●●●●● ●●●●●
5―7―5

子供はそれを幸福な夢の裡にて思ひ出す
●●●●●●● ●●●●● ●●●●●●● ●●●●●
7―5―7―5

その母の年玉貰つたあとからは、天国の小父さん達からまた貰ふ。
●●●●● ●●●●●●●● ●●●●● ●●●●● ●●●●●●●● ●●●●●
5―8―5―5―8―5

笑ましげの脣(くち)そと開けて、唇を半ば動かし
●●●●●●● ●●●●● ●●●●● ●●●●●●●
7―5―5―7

神様を呼ぶ心持。枕許には天使立ち、
●●●●● ●●●●●●● ●●●●●●● ●●●●●
5―7―7―5

子供の上に身をかしげ、無辜な心の呟きに耳を傾け、
●●●●●●● ●●●●● ●●●●●●● ●●●●● ●●●●●●●
7―5―7―5―7

ほがらかなそれの額の喜びや
●●●●● ●●●●●●● ●●●●●
5―7―5

その魂の喜びや。南の風のまだ触れぬ
●●●●●●● ●●●●● ●●●●●●● ●●●●●
7―5―7―5

此の花を褒め讃へたのだ。
●●●●● ●●●●●●●●
5―8

――と、「字余り」もわずかです。
「字余り」がなくしては
整然としすぎて「変」と思えるほど
七五のリズムに貫かれているのです。

2節目も終節も
そうです。

破調といえるほどの
揺れもなく
この詩が七五調でできているという
理屈を意識させることもなく
この「天使と子供」は訳されています。

ランボーを
リズムの詩人が
とらえようとしている――
そんなことを言っても
おかしくはない翻訳です。

 *
 天使と子供

ながくは待たれ、すみやかに、忘れ去られる新年の
子供等喜ぶ元日の日も、茲に終りを告げてゐた!
熟睡(うまい)の床(とこ)に埋もれて、子供は眠る
羽毛(はね)しつらへし揺籠(ゆりかご)に
音の出るそのお舐子(しやぶり)は置き去られ、
子供はそれを幸福な夢の裡にて思ひ出す
その母の年玉貰つたあとからは、天国の小父さん達からまた貰ふ。
笑ましげの脣(くち)そと開けて、唇を半ば動かし
神様を呼ぶ心持。枕許には天使立ち、
子供の上に身をかしげ、無辜な心の呟きに耳を傾け、
ほがらかなそれの額の喜びや
その魂の喜びや。南の風のまだ触れぬ
此の花を褒め讃へたのだ。

《此の子は私にそつくりだ、
空へ一緒に行かないか! その天上の王国に
おまへが夢に見たといふその宮殿はあるのだよ、
おまへはほんとに立派だね! 地球住(ずま)ひは沢山だ!
地球では、真(しん)の勝利はないのだし、まことの幸(さち)を崇めない。
花の薫りもなほにがく、騒がしい人の心は
哀れなる喜びをしか知りはせぬ。
曇りなき怡びはなく、
不慥かな笑ひのうちに涙は光る。
おまへの純な額とて、浮世の風には萎むだらう、
憂き苦しみは蒼い眼を、涙で以て濡らすだらう、
おまへの顔の薔薇色は、死の影が来て逐ふだらう。
いやいやおまへを伴れだつて、私は空の国へ行かう、
すればおまへのその声は天の御国(みくに)の住民の佳い音楽にまさるだらう。
おまへは浮世の人々とその騒擾(どよもし)を避けるがよい。
おまへを此の世に繋ぐ糸、今こそ神は断ち給ふ。
ただただおまへの母さんが、喪の悲しみをしないやう!
その揺籃を見るやうにおまへの柩も見るやうに!
流る涙を打払ひ、葬儀の時にもほがらかに
手に一杯の百合の花、捧げてくれればよいと思ふ
げに汚れなき人の子の、最期の日こそは飾らるべきだ!》

いちはやく天使は翼を薔薇色の、子供の脣に近づけて、
ためらひもせず空色の翼に載せて
魂を、摘まれた子供の魂を、至上の国へと運び去る
ゆるやかなその羽搏きよ……揺籃に、残れるははや五体のみ、なほ美しさ漂へど
息づくけはひさらになく、生命(いのち)絶えたる亡骸(なきがら)よ。
そは死せり!……さはれ接唇(くちづけ)脣の上(へ)に、今も薫れり、
笑ひこそ今はやみたれ、母の名はなほ脣の辺(へ)に波立てる、
臨終(いまは)の時にもお年玉、思ひ出したりしてゐたのだ。
なごやかな眠りにその眼は閉ぢられて
なんといはうか死の誉れ?
いと清冽な輝きが、額のまはりにまつはつた。
地上の子とは思はれぬ、天上の子とおもはれた。
如何なる涙をその上に母はそそいだことだらう!
親しい我が子の奥津城に、流す涙ははてもない!
さはれ夜闌(た)けて眠る時、
薔薇色の、天の御国(みくに)の閾(しきみ)から
小さな天使は顕れて、
母(かあ)さんと、しづかに呼んで喜んだ!……
母も亦微笑(ほゝゑ)みかへせば……小天使、やがて空へと辷り出で、
雪の翼で舞ひながら、母のそばまでやつて来て
その脣(くち)に、天使の脣(くち)をつけました……

        千八百六十九年九月一日
          ランボオ・アルチュル
       シャルルヴィルにて、千八百五十四年十月二十日生

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※原作の二重パーレンは《 》に代えました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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