中原中也が訳したランボー「孤児等のお年玉」その2
「孤児等のお年玉」を
現代表記にした上
少し意訳を加えて
読んでみます。
1
薄暗い部屋。
ぼんやり聞えるのは
二人の子供の悲しいやさしいひそひそ声。
互いに額を寄せ合って、おまけに夢想の中にいるようで重苦しげで、
震えたり揺れたりしている長い白いカーテンの前。
家の外では、小鳥たちが一所に集って、寒がっている。
灰色の空の下で小鳥たちの羽根はかじかんでいる。
さて、霧の季節のあとにめぐってきた新年は、
ところどころに雪のある衣裳を引きずって
涙を浮かべて微笑したり寒さに震えて歌ったりする。
◇
新年を迎えた
二人の子どもの
何の変哲もないような描写ではじまる詩。
薄暗い部屋から聞えてくるひそひそ声という詩句に
幸薄い境涯にあることが暗示されます。
タイトルにあるように
二人の子どもには親がない
みなしごなのです。
2
二人の子どもは揺れ動くカーテンの前で
低い声で話しています、ちょうど暗い夜に人々がそうするようにして。
遠くの小さな音を聴くように、二人は耳を澄まし、(小さな声で話すのです)。
二人は時々、目覚まし時計が、突然リーンと鳴り出すのに
びっくりするのでした、時計はリンリン鳴ります、リンリンと鳴るのですから。
ガラスのカバーの中でする、金属音。
部屋は凍てつく寒さです。ベッドの周りに散らばった
喪服は床まで垂れています。
厳しい冬の北風は、戸口や窓に吹きつけ、泣いていますし
陰気な息をこの部屋の中までどんどん吹き込んでいます。
二人は感じているのです、何かが足りない、と……
それは、母親なのではないか、このいたいけない子らにとって
それは、得意気な目にニコニコとした微笑をたたえている母親なのではないでしょうか?
母親は、夕方独り訳ありそうにして、忘れていたのでしょうか
灰を落してストーブをよく燃えるようにしたり
二人の子どもにウールや綿毛の衣装をたくさん掛けたりすることも?
二人の部屋を出ていく時に、お休みなさいを言いながら
朝になれば子どもたちが寒がるだろうと、気づかなかったのでしょうか
戸締りをしっかりすることさえも、うっかり忘れてしまったのでしょうか?
――母の夢、それはあったかい毛布です
柔らかい塒(ねぐら)です、そこに子どもらは小さくなって
枝に揺られる小鳥のように
まどろむように眠ります!
いま、この部屋は、羽毛がなく暖房もない寝場所です。
二人の子どもは寒さに震え、眠りもしないで恐怖にわななき
これではまるで北風が吹き込むためにある塒です……
◇
恐怖におののいている子どもたちは
声を出すこともできないでいます
賢い猫が
音を立てないで
自らの命を敵から守るようにしているのと同じに
子どもたちが声を出せないでいるのは
恐怖からです。
母親は
うっかりしたのではなく
存在しないのです。
みなしごたちは
楽しかった正月の思い出にひたります。
3
皆さんは、すでにお分かりのことでしょう、この子らに母親はありません。
養母さえいないし、父親はどこか遠い外国にいるのです!
そこで婆さんがこの子らの面倒はみているのです。
つまり凍ったこの家に住んでいるのは二人の子どもだけ……
いまや、これらの幼いみなしごが、楽しかった思い出を自分たちの胸に
ゆっくりとゆっくりと繰り広げていきます
ちょうどお祈りする時に、数珠をつまぐるようにして。
ああ! お年玉を貰える朝の、なんと嬉しいことでしょう。
あしたは何を貰えることかと、眠れるどころの騒ぎではない。
ワクワクしながらおもちゃを想像し
金紙で包まれたボンボンを想像し、キラキラきらめく玩具の宝石類は
しゃなりしゃなりと渦巻き踊りしてる、
やがて見えなくなるかと思えば、またそれは登場する。
さて、朝が来て目が覚める、すぐに元気に跳ね起きる。
目をこすっている間もなく、口には唾液が湧きます
そうして走っていく、頭はモジャモジャ、
目玉はキョロキョロ、嬉しいんだもん、
小さな裸足で床を踏んで
両親の部屋のドアに来ると、そおーっとそおーっと扉に触れる、
そして、入ります、それからそこで、お辞儀……パジャマのまんま、
キスを何度も何度もして、当然のはしゃぎ振りです!
◇
ここまでで3章。
中原中也の翻訳は
歴史表記を現代表記にすれば
そのまま現代口語になるということが分かります。
文語体ではありません。
*
孤児等のお年玉
中原中也訳
Ⅰ
薄暗い部屋。
ぼんやり聞こえるのは
二人の子供の悲しいやさしい私話(ささやき)。
互ひに額を寄せ合つて、おまけに夢想(ゆめ)で重苦しげで、
慄へたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。
戸外(そと)では、小鳥たちが寄り合つて、寒がつてゐる。
灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでゐる。
さて、霧の季節の後(あと)に来た新年は、
ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、
涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄へて歌つたりする。
Ⅱ
二人の子供は揺れ動くカーテンの前、
低声で話をしてゐます、恰度暗夜に人々がさうするやうに。
遠くの囁でも聴くやう、彼等は耳を澄ましてゐます。
彼等屡々、目覚時計の、けざやかな鈴(りん)の音には
びつくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、
硝子の覆ひのその中で、金属的なその響き。
部屋は凍てつく寒さです。寝床の周囲(まはり)に散らばつた
喪服は床(ゆか)まで垂れてます。
酷(きび)しい冬の北風は、戸口や窓に泣いてゐて、
陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹き込みます。
彼等は感じてゐるのです、何かゞ不足してゐると……
それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとつて、
それは得意な眼眸(まなざし)ににこにこ微笑を湛へてる母親なのではないでせうか?
母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れてゐたのでありませうか、
灰を落としてストーブをよく燃えるやうにすることも、
彼等の上に羊毛や毬毛(わたげ)をどつさり掛けることも?
彼等の部屋を出てゆく時に、お休みなさいを云ひながら、
その晨方(あさがた)が寒いだらうと、気の付かなかつたことでせうか、
戸締(とじ)めをしつかりすることさへも、うつかりしてゐたのでせうか?
――母の夢、それは微温の毛氈です、
柔らかい塒(ねぐら)です、其処に子供等小さくなつて、
枝に揺られる小鳥のやうに、
ほのかなねむりを眠ります!
今此の部屋は、羽なく熱なき塒です。
二人の子供は寒さに慄へ、眠りもしないで怖れにわななき、
これではまるで北風が吹き込むための塒です……
Ⅲ
諸君は既にお分りでせう、此の子等には母親はありません。
養母(そだておや)さへない上に、父は他国にゐるのです!……
そこで婆やがこの子等の、面倒はみてゐるのです。
つまり凍つた此の家に住んでゐるのは彼等だけ……
今やこれらの幼い孤児が、嬉しい記憶を彼等の胸に
徐々に徐々にと繰り展(ひろ)げます、
恰度お祈りする時に、念珠を爪繰るやうにして。
あゝ! お年玉、貰へる朝の、なんと嬉しいことでせう。
明日(あした)は何を貰へることかと、眠れるどころの騒ぎでない。
わくわくしながら玩具(おもちや)を想ひ、
金紙包(きんがみづつ)みのボンボン想ひ、キラキラきらめく宝石類は、
しやなりしやなりと渦巻き踊り、
やがて見えなくなるかとみれば、またもやそれは現れてくる。
さて朝が来て目が覚める、直ぐさま元気で跳(は)ね起きる。
目を擦(こす)つてゐる暇もなく、口には唾(つばき)が湧くのです、
さて走つてゆく、頭はもぢやもぢや、
目玉はキヨロキヨロ、嬉しいのだもの、
小さな跣足(はだし)で床板踏んで、
両親の部屋の戸口に来ると、そをつとそをつと扉に触れる、
さて這入ります、それからそこで、御辞儀……寝巻のまんま、
接唇(ベーゼ)は頻(しき)つて繰返される、もう当然の躁ぎ方です!
Ⅳ
あゝ! 楽しかつたことであつた、何べん思ひ出されることか……
――変り果てたる此の家(や)の有様(さま)よ!
太い薪は炉格(シユミネ)の中で、かつかかつかと燃えてゐたつけ。
家中明るい灯火は明(あか)り、
それは洩れ出て外(そと)まで明るく、
机や椅子につやつやひかり、
鍵のしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を
子供はたびたび眺めたことです、
鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるのでした、
戸棚の中の神秘の数々、
聞こえるやうです、鍵穴からは、
遠いい幽かな嬉しい囁き……
――両親の部屋は今日ではひつそり!
ドアの下から光も漏れぬ。
両親はゐぬ、家よ、鍵よ、
接唇(ベーゼ)も言葉も呉れないまゝで、去(い)つてしまつた!
なんとつまらぬ今年の正月!
ジツと案じてゐるうち涙は、
青い大きい目に浮かみます、
彼等呟く、『何時母さんは帰つて来ンだい?』
Ⅴ
今、二人は悲しげに、眠つてをります。
それを見たらば、眠りながらも泣いてると諸君は云はれることでせう、
そんなに彼等の目は腫れてその息遣ひは苦しげです。
ほんに子供といふものは感じやすいものなのです!……
だが揺籃を見舞ふ天使は彼等の涙を拭ひに来ます。
そして彼等の苦しい眠に嬉しい夢を授けます。
その夢は面白いので半ば開いた彼等の唇(くち)は
やがて微笑み、何か呟くやうに見えます。
彼等はぽちやぽちやした腕に体重(おもみ)を凭(もた)せ、
やさしい目覚めの身振りして、頭を擡(もた)げる夢をばみます。
そして、ぼんやりした目してあたりをずつと眺めます。
彼等は薔薇の色をした楽園にゐると思ひます……
パツと明るい竃には薪がかつかと燃えてます、
窓からは、青い空さへ見えてます。
大地は輝き、光は夢中になつてます、
半枯(はんかれ)の野面(のも)は蘇生の嬉しさに、
陽射しに身をばまかせてゐます、
さても彼等のあの家が、今では総体(いつたい)に心地よく、
古い着物ももはやそこらに散らばつてゐず、
北風も扉の隙からもう吹込みはしませんでした。
仙女でも見舞つてくれたことでせう!……
――二人の子供は、夢中になつて、叫んだものです……おや其処に、
母さんの寝床の傍に明るい明るい陽を浴びて、
ほら其処に、毛氈(タピー)の上に、何かキラキラ光つてゐる。
それらみんな大きいメタル、銀や黒のや白いのや、
チラチラ耀く黒玉や、真珠母や、
小さな黒い額縁や、玻璃の王冠、
みれば金字が彫り付けてある、『我等が母に!』と。
〔千八百六十九年末つ方〕
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れ、新漢字を使用しました。編者。
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